約 1,889,279 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/776.html
ルイズに疑問が生まれた。 自分の使い魔の少女、憐。召喚した昨日、そして今朝の食事までの時間のやり取りで、「自分の使い魔は普通ではないのではないか?」と思うようになった。 勿論使い魔そのものに不満は……まあ、あるといえばあるが、それを上回るほどのモノがあるのでまあいい。 むしろ可愛いは正義なのでオッケー。 平民だから目や耳となれなくても、秘薬を取ってこれなくても、護衛ができなくてもそれはそれで仕方が無いし、自分がどこから来たのかうまく説明できないのもまあ気にもしなかったが、 久しぶりに顔を洗ったとか久しぶりに着替えたとか、挙句久しぶりに食事を『する』と聞いたとき、不憫に思いながらも、 (この子……今までどうやって生きてきたの?) 『する』という言い回しから、憐が食事をとっていないのは一日や二日ではなく、もっとずっと長い期間なのだろう。そんなの、人間なら我慢できる出来ない以前に死んでしまう。 これではまるで、人間じゃないみたいだ――― 「……お姉ちゃん?」 「……ん、何でもないわよ」 食事の際に膝上に乗せた憐の心配する声に、意識を現実に引き戻す。食事をとっていない→じゃあ一緒に食べましょう→わーいのコンボで膝の上にいたのだった。周りから平民と食事を取るなんて何してるんだよという声があったが無視した。 (憐が何者でも、いまはどうでもいいか……こんないい子を疑うなんて、どうかしてるわ) 膝の上で小動物みたいに色々頬張っている様子を見てたら、和んでどうでもよくなった。 失敗した。詳細はとある少年の事例からご存知の方々も多いだろうので、簡潔に行う。 憐を授業に連れて行って―――憐は授業と言うのも受けた事が無く、子供特有の好奇心を遺憾なく発揮した。 例えば、「あれ、何?」「この動物さん、何ていうの?」「今から何をするの?」等々。それらに律儀に答えているうちに、教師にひそひそ話を咎められ、錬金をする事に。 当然、この時まともに魔法を使えないルイズは失敗し、起こした大爆発によって教室は無茶苦茶、罰として片づけを命じられた。 それが終了したのは昼休み前。ルイズは無言で食堂に向かっていた。 一歩後を歩く憐も無言。ただルイズとは違い、『姉』に対してどう声をかければいいか、解らなかったのだ。 彼女は理解できていない。この世界で、この学院で、貴族の中で魔法がまともに使えない事がどういう事かを。『ゼロ』が何を意味するのかを。 元々使い魔がどういう物かすら分かっていない。況や、貴族の誇りや魔法の凄さ等を1○歳(全年齢版でも不明)の『平民の』少女が解るはずもなく、それでも何とか『お姉ちゃん』が落ち込んでいるのを何とかしたいと思って、 「……ん」 ただ、服の裾を引っ張った。 「……何?」 「あの……」 「その……えっと……」 「……えい」 「きゃうっ?」 ルイズは、何も言わずに憐を抱きしめた。使い魔として契約したからか、憐の目を見れば彼女が心から心配してくれていたのが解った。 『妹』の前であんな失態を見せてしまい、そのせいで何とか心配してくれていたのだと解った。その気の遣わせ方が、どうしようもなく切なくて。 (使い魔に気遣われるなんて、わたしはどうかしてるわ) 誓いを込めて抱き締める。何度つまずき、無様に失敗し続けても、憐に気を遣わせてしまうような事はしないと。 それは、使い魔に対する主人の誇りで、平民に対する貴族の意地で、初めてできた妹に対する姉のプライドから生まれたもの。 ルイズは、魔法使いとして目指す何かを、新たに見出しかけていた。憐に、恥ずかしくない主人である為に。 「もう、大丈夫よ。食堂に行きましょう!」 ********** ルイズには優しい姉と厳しい姉が一人ずついる。厳しい方が苦手だった事もあり、憐に対する態度は無意識の内に優しい方を見本としたかのように世話焼きになっていた。 「おいしい?」 ルイズの問いに、ハムスターの様に口を頬張らせ、膝上でコクコク頷く憐。その様子は、昨日今日に平民と馬鹿にしていた者達をも和ませていた。 (いいなぁ…あれ) (ゼロのルイズも見てくれはいいからなぁ…美少女同士の絡みは映えるぜ) (きっと夜は、主人命令でイケナイことを…) ……訂正、壊していた。 そんな事露知らず、ようやく食堂を終わらせた姉妹は、別の場所での騒ぎに目を向けていた。 ルイズの耳には、ギーシュなる毎度お騒がせの浮気者が、薔薇がどうとか言うどうでもいい話で盛り上がっていた。 「お姉ちゃん、あれなあに?」 「聞かなくていい話よ。教育上良くないから」 「?」 「さ、部屋に戻りましょ」 と二人して立ち上がったその時、憐の足の裏が小さなでっぱりを捉える。 それは小瓶で、中には変わった色の液体。知る人は知る、モンモランシーがギーシュに作った香水である。 騒ぎの最中に落としたのに気付かず、転がってきていたのだった。 「なんだろう…お姉ちゃん、これなあに?」 「香水ね。これは、どっかで見た気が…」 香水は、流石の憐も知っていた。女性が使う物である事も。 だが、その知識と、さっきルイズが落ち込んでいた事から、予想外の行動に出た。 「お姉ちゃん、あげる!」 その言葉に一瞬面食らうルイズだが、憐の真意を何となく理解したので、彼女の親切を拒絶したくなかったという事もあり、「ありがとう」と受け取っていた。 (まあ、後で持ち主を探せばいいかしら) この時、某少年かメイドが拾っていれば決闘が始まるのが周知の事実だが、幸か不幸か拾ったのが憐であった事、そして二人が『姉妹』の会話に集中していて誰が落としたか見ていなかった為、ギーシュは浮気を問い詰められる事が無かった代わりに、後に二人の少女の修羅場に巻き込まれる事になる。 *************** それから一週間ほど、ルイズと憐は楽しい時間を過ごしていた。 ルイズの本人を棚上げした「掃除洗濯とかの家事が出来ないといいレディーになれないわよ」との言葉で家事を教えたり、二人で馬に乗って街に買い物に出かけたり、憐がルイズの友人(兼ケンカ仲間)のキュルケの使い魔である火トカゲと遊んだり、憐に手を出そうとするものを爆破したり、平穏な時間を過ごしていた。 だが、そんなのんびりとした時も、終わりは近づいていたのだった。 ある時、ふとした事からキュルケとルイズが決闘する事になり、本塔の中庭に来た時、事件は起きた。 次々と高鳴る爆発音。空間を走る衝撃。 ただ事ではない事を察した二人は急いで目的の場所に走る。そして、彼女等は見た。 『土』で作られたゴーレムが、白く一回り小さな『ゴーレム』を殴りつけ、粉々に砕いた所だった。だが白い方もただ殴られず、吹き飛ぶ間際に謎の音と光を発し、土のゴーレムを粉砕して土砂に変えていた。 勿論彼女等は知らない。白い『ゴーレム』は何処からかの迷い子である事。 『目』や『頭』を損傷したため、土のゴーレムを敵と誤認し、『足』を損傷した為に回避も出来ず、残った240mmハンドキャノン×2と290mmミサイルポッドを撃ちまくっただけであると。 そして、土のゴーレムを操作していた者は。 (なんなのかしら……あれ?) 土くれのフーケもまた驚愕していた。宝物庫のある本塔の前で下調べしていた所、急に白いゴーレムが現れた。咄嗟に土のゴーレムを出してしまったが、その判断は正しく、白い敵は『銃撃』のようなものを行ってきた。 だが幸いな事に、白い敵が放った『花火』―――180mmマスターガンが厳重な魔法で守られた外壁を破壊し、宝物庫への道が開かれた。 (チャンスは逃さないでおきましょうか) 少々トラブルはあったが、結果オーライであった。素早く潜入、目的のブツを奪い取り、しもべが相打ちした事に少し驚きながらも素早く脱出する。 『破壊の杖』確かに徴収いたしました という文面を残して。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2274.html
前ページ次ページゼロの登竜門 ゼロの登竜門 幕間 討伐の成果報告 ルイズ、キュルケ、タバサの三名はオールド・オスマンに報告をする。 そして丁度学園長室にいたコルベールも一緒に聞くことにするらしい。 「ふむ、まさかミス・ロングビルがフーケだったとは……。最初から学院に潜り込むつもりだったんじゃな」 「いったい何処で採用されたんですか?」 「街の居酒屋じゃ。美人だったものでなんの疑いもせず秘書に採用してしまった」 ミス・ロングビルがフーケだったことを伝えると、オスマン氏はそんなことをのたまった。 その後いくつかオスマンとコルベールが言葉を交わす。三人はダメな大人の一面を垣間見た気がした。 三人のそんな視線に気付いたのか、二人はコホンと咳払いをして話題を変える。 「さてと、君達はよくぞフーケを捕らえ、『破壊の小箱』を取り返してきた。これは大変名誉なことである」 そう、さまざまな貴族の屋敷に忍び込み、お宝を易々と盗み出していたフーケを捕らえたのだ。 三人は恭しく礼をする。 「フーケは城の衛士へ引き渡した。破壊の小箱は無事に戻ってきた。一件落着じゃ」 そう言ってオスマンは机の上に置いた小箱を、袋の上からポンポンと叩いた。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出して置いた。追って沙汰があるじゃろう。ミス・タバサはすでにその爵位を持っているから精霊勲章の授与を申請しておいた」 オスマンのその言葉に三人の顔が輝いた。 といっても、タバサの表情は相変わらずだったが。 「本当ですか?」 「本当じゃとも。いいんじゃよ、お主らはそれくらいのことをしたのじゃから」 キュルケの言葉に、オスマンは孫を見るような笑みでそう返した。 そして話題を変える。 「さて。今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。破壊の小箱の憂いもなくなったことだし、予定通り執り行う」 オスマンの言葉にキュルケの顔がぱっと輝いた。 フーケの騒ぎですっかり忘れていたようだ。 「ほっほっほ、今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしておきたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」 三人は一礼してドアへと向かう。 キュルケがドアを開いて外へと出る、その時ルイズがピタリと立ち止まった。 「ルイズ?」 「気にしないで、わたしはもうちょっと話すことあるから」 怪訝そうにするキュルケだったが、強いて追及することでもなく、先に歩くタバサへ付いて階下へと消えた。 ルイズはドアを閉め、二人へと向き直る。 「何か……聞きたいことがありそうじゃな」 オスマンのその言葉にこくりと頷いて、コツコツと歩いて元の位置に戻った。 「その……破壊の小箱のことなんですけど……いったい何処で?」 「……なぜそのようなことを気にする?」 オスマンの質問返しにルイズはしばし沈黙する。そして怒られる事を承知で告白した。 「その小箱は、キングが使うことが出来たのです」 「キング?」 コルベールの言葉に「わたしの使い魔です」と答えた。 「その小箱を使った途端、キングは、白い閃光を放ちました。閃光はフーケの数十メイルもあろうかというゴーレムの胴体を跡形もなく消し飛ばしたのです」 その証言にコルベールは目を輝かせる。そしてオスマンは袋の中から小箱を一つ取りだして、起動させる。 ピンポン、と音がしてアナウンスが。 「………このことは他言無用じゃよ? お主らが信頼できる者として話す」 オスマンが二人へ順繰りに視線を向けると、両名ともこくりと頷いた。 「まず、ミス・ヴァリエールの使い魔、キングが使うことが出来た理由はその使い魔のルーンが理由じゃろう」 「使い魔のルーン?」 疑問符を頭に浮かべながら呟いたルイズへ、オスマンはコルベールへ指示する。 コルベールはそれに答え、その手に持った本を開いた。 そして、ルイズがそれに目を落とす。 「ミョズニトニルン。始祖ブリミルが従えていたという伝説の使い魔のルーン。キングのルーンはそれとまったく同一のモノだったのです」 タマゴにはルーンが刻まれていなかった、その為コルベールは生まれたら連絡するようにルイズに伝えたのだ。 彼がキングのルーンを確認したのは、ギーシュが気絶したその後のことである。 「珍しいルーンだと思い調べてみたのですが記述がまったく見あたらず、ここまで遡ってやっと……」 コルベールがそう言うが、ルイズはじっとその本の記述を見つめていた。 「なんでも、あらゆるマジックアイテムを扱うことが出来たそうじゃ。小箱を使うことが出来たのもそれが理由じゃろう」 オスマンのその言葉にルイズは本から顔を上げる。 「マジックアイテム? では小箱はやはりマジックアイテムなのですか?」 「それはわからんのじゃ。なにせわしがどんな魔法をかけても小箱はウンともスンとも言わんのじゃからの。マジックアイテムならば魔法をかければ何らかの反応が返るはずなんじゃが……」 「ポケモン……」 「?」 ルイズの呟きに二人は首を傾げた。 「ポケモン、と言う単語に心当たりは?」 その言葉に、オスマンはもう一度小箱を起動させ、アナウンスが流れる。 「この言葉じゃな。あいにくわからん……小箱を預かった少年も詳しい話はしてくれなかったしの……」 「少年?」 オスマンはこくりと頷いて、語り出した。 「今から……そう、三十年前になるか。三十年前、森を散策していたときワイバーンに襲われた。そこを救ってくれた少年が、小箱を預けたのじゃよ」 「あずけた? なぜです」 「それは……皆目検討も付かん。紺色の……見たこともない美しいドラゴンに乗った少年じゃった。珍しい黒髪をしておったよ」 二人とも、黙って聞く。 「他にも何人かそのドラゴンに乗っておった。その内の一人は……そう、ミス・ヴァリエール。君と同じような髪をしておった」 「わたしと同じ……ですか」 「うむ。何人乗っていたかはなにぶん昔のことなので思い出せないが……四人くらいは乗っていたかのう……」 「それで……彼は他には何か?」 「…………そうじゃな、乗り合わせた少女が彼に耳打ちをして袋を彼に渡したんじゃ。彼は背負っていたカバンから小箱をいくつか袋の中に入れた。その時に言った言葉が……」 そこで一旦区切って、オスマンはお茶を一口飲んだ。 「そこで彼は「これは『破壊の小箱』です。何も言わずに預かっていて欲しい」と言ったんじゃ……彼らとはそれっきりじゃ、今回盗まれるまでとんと忘れておった」 「そう…………ですか」 「命の恩人の頼みとあらば断ることも出来なくてのう。彼は「使い道がわかれば使っても構わない」と言ったんじゃがあいにく使い方がわからなかったのでな。ずいぶんお蔵入りしておったんじゃよ」 ルイズはオスマンの目を見るが、ただじっと見つめ返されるだけ、これ以上話す事は無さそうだ。 「わかりました……失礼します」 ぺこりと一礼してルイズは踵を返す。 カチャリとドアを開けて外に出て、ぱたんと閉めた。 そして学園長室にはオスマンとコルベールが残される。 「あの、オールド・オs「実はのう、コルベール君」 しばしの沈黙の後、コルベールが発言したがオスマンがソレを遮るように語り出した。 「なんでしょう」 「ミス・ヴァリエールに伝えておらぬ事がいくつかあるんじゃよ」 「いくつか…………ですか」 「実はその時、少年はドラゴンに乗っていただけではなく、淡い緑色の、不思議な生き物をも従えておったのじゃ」 「緑色の……」 「彼らの周囲を飛び回っておった。常に動き回っていたためハッキリとした姿は捉えられなんだが……これくらいじゃったかな」 そう言ってオスマンは両手でその大きさを説明する。 「だいたい……70サントかそれぐらいですか」 「うむ、その後さまざまな事典で調べはしたが全くもって調べられなんだ」 「未知のドラゴンに乗り。更に未知の生き物を従えてたと。そうおっしゃるのですか」 「どこから来たのかと聞いたら「遥か遠い場所から」と。ロバ・アル・カリイエかと聞いたら「ソレより遥か遠きところ」と」 「それより遠く……まさか……西の最果て?」 東のロバ・アル・カリイエでないとすれば、西の大海の遙か先しか無いはずだが。 「そんな有るかどうかも判らん物は引き合いに出すでない。行って帰ってきた者などおらんしの」 「失礼しました」 コルベールが詫びて一礼する。 その点で言ったら東も同じだが、陸続きであるという点では東の方が有利である。 エルフが暮らすサハラをどうにか超える事さえ出来れば、その向こうに土地があることは明確なのだから。 それにしても、ロバ・アル・カリイエよりもはるか遠くから来たと言う彼ら。 彼らはなぜ、そしてなんのために小箱をオスマンへと託したのか。 オスマンは数年間考え続けた。しかし答えは出ないまま三十年もの月日が過ぎた。 そしてこの度、フーケに盗まれたことにより、埋もれていた記憶は一瞬の内に発掘された。 ルイズにも、そしてコルベールにも話していない、彼らからの予言も。 オスマンは、閉じた扉をじっと見つめていた。 前ページ次ページゼロの登竜門
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1707.html
モット伯の屋敷の前、聳え立つ正門を見上げる。 その門番なのだろうか、武装した衛兵二人が彼に気付いた。 一人はその場に残り門を守り、もう一人がこちらに近づいてくる。 「…さて準備は良いか? 相棒」 デルフの言葉に黙って頷く。 元より自分の覚悟は出来ている。 彼が雄叫びを上げる。 それは戦いの始まりを告げる鐘の音だった。 「何の騒ぎだ!?」 耳障りな獣の鳴き声にモット伯が怒りを露にする。 風呂で身体を洗ってワイン片手に、機嫌良くシエスタを待っていたのだ。 しかし、さっきから聞こえてくる鳴き声によってモット伯の気分は害された。 「とっとと黙らせろ!」 「そ、それが……」 激昂するモット伯に怯えながら、 しどろもどろになりつつも衛兵が弁明する。 だが、どう説明すればいいのか。 正門前の状況は衛兵の理解を超えていた。 「おい……どうしたんだ、お前達?」 背に羽が生えた異形の犬を衛兵は嗾けた。 犬を普通に追っ払ってもまた戻ってくる事が多い。 だから犬を嗾けるのが一番の対処法だった。 少なくともそれは確実な手段だった……この犬が現れるまでは。 犬の足が止まる。 見ればそれは小刻みに震えていた。 訓練された犬は相手が誰であろうと恐れない。 たとえ銃を持っていようとメイジであろうと立ち向かう。 その犬が怯えている。 まるで怪物と対峙しているかのように固まる。 彼等は理解していた。 訓練によって研ぎ澄まされた鋭敏な感覚が、 目の前の犬が尋常の物ではないと告げていた。 “触れれば死ぬ”そんな言葉が頭に過ぎる。 まるで冗談のような存在だ。 そもそも生物として質が違う。 生きる為に存在しているんじゃない、 この怪物は“殺す”為に存在している。 これは獣の形をした『兵器』なのだ…! 命を捨てる覚悟は出来ている。 だが死ぬのは自分達だけではない。 この怪物に挑んだ瞬間、戦う事さえ出来ずに八つ裂きになるのは明白。 そうなれば次に犠牲になるのは背後に立つ主人である衛兵達。 決して相手を刺激してはならない。故に動けない。 番犬のただならぬ様子に衛兵も動けない。 死をも厭わぬ獣が見せる恐れは彼等にも伝わった。 吼え続ける犬を彼等はただ黙って見ているしかなかった。 「さあ、さっさとモット伯を出してもらおうか。 じゃねえと相棒は屋敷の前でずっと吼え続けるぜ」 風を切りシルフィードの巨体が宙を舞う。 その背に乗せているのは四人の男女。 「もっと急いで!」 「………了解」 ルイズの声に寝ぼけ眼を擦りながらもタバサが応じる。 シルフィードの耳元で何事か囁くと更に速度を増す。 ルイズは焦っていた。 思った以上に時間を食い過ぎたのだ。 馬では追いつけないかもしれないとタバサを呼びに行ったまでは良かった。 しかし完全に熟睡したタバサを起こすのは大変だった。 ゆさゆさ揺さぶっても完全に夢の中に落ちたまま。 本を読んでる時や食べている時と同じで、なかなか落ちない油汚れ並みの頑固さだった。 この時点で馬で行けば良かったと思うのだが、 遅れを取り戻そうと焦り冷静な判断を失っていたのだ。 “眠れる姫を起こすのは王子のキスと決まって……” 戯言を抜かすギーシュをエアハンマーで吹き飛ばした所で彼女はようやく目を覚ました。 説明しても未だ寝ぼけたままなのか、うつらうつらしてる。 ようやく状況を飲み込んだ彼女がパジャマ姿のまま杖を取る。 服ぐらい着替えなさいよ、とキュルケに注意されて彼女はパジャマのボタンに手を掛けた。 ギーシュ達が居るその場で何の躊躇もなく。 キュルケがその手を抑え、私が上から毛布を被せる。 慌てて後ろを向くコルベール先生とフレイムに焼かれるギーシュ。 こんな調子のタバサでは役に立たないと彼女が覚醒するまで待っていたのだ。 タバサを目覚めさせるのには成功したが、今度はシルフィードがダメになっていた。 口から緑色の泡を吐きながらピクピク痙攣する彼女。 何かの奇病かと焦る一行にタバサは『好物の食べ過ぎが原因』と簡潔に説明した。 とりあえず水を流し込んで胃の中を洗浄する。 そのついでに顔に樽一杯分の水を掛けて叩き起こす。 しばらくしてなんとか起き上がったものの足取りがおぼつかない。 フラフラするシルフィードを見て、馬にすれば良かったと後悔するも時既に遅し。 もう猶予は無い、下手をすれば既に屋敷に乗り込んでいるかもしれないのだ。 致命的な遅れを挽回するにはシルフィードでなくてはダメなのだ。 「どうにかならない?」 「……やってみる」 キュルケに言われ、タバサがシルフィードに歩み寄る。 そして小さく二言、三言囁くと風竜は翼をはためかせて本来の威厳を取り戻した。 心なしか顔が青ざめているように見えたけど、この際関係ない。 動けるものなら何でも使う、そうせざるを得ない状況なのだ。 「あまり無茶はしないように!」 「はい! 後の事はお願いします!」 いくら風竜とはいえ人数が多ければ速度は落ちる。 コルベール先生を残し、シルフィードの背に乗る。 ついでにギーシュも置いていこうとしたのだが、 しっかりとへばり付いてシルフィードから離れない。 時間も無いので、このまま連れていく事になった。 「責任の一端は僕にもあるからね」 「はいはい」 口に薔薇を咥えたままのギーシュに適当に相槌を打つ。 モット伯の屋敷を教えたんだから一端どころかモット伯の次ぐらいに責任がある。 それなのに平然とした顔しているこいつが気に入らなかった。 「大丈夫だって。相手がトライアングルのメイジでも彼なら……」 「それが問題なのよ!」 そもそもギーシュの考えは論点がズレてる。 勝ち負けなんて関係ない。 王宮の勅使に手を出す事自体が大問題なのだ。 ましてや、あいつは並の使い魔じゃない。 もし全力で暴れようものなら……。 小さな部屋でその衛士は椅子に座っていた。 組んだ指先がカタカタと震え、顔面は蒼白。 正気を失いつつあるが、それでも彼は職務を全うしようとした。 そして、ぽつりぽつりと目にした事を呟く。 “最初はやけに静かだなって思ってたんです” “門番もいないし、扉も開けっぱなしだったんです” “なんだ、何もないじゃないかって……その時、気付いたんです” “足元が…赤絨毯じゃなくて……血だったんです” “怖くなって人を探したんです。もう誰でも良かった” “捜索の途中で部屋から光が射しているのを見かけたんです” “だから誰かいるんじゃないかって覗いてみたら……燃えていたんです、人が…” “モット伯? モット伯爵は見つかりませんでした” “いえ、それらしき『物』ならありました……” “私室にあったんです。服や杖は伯爵の物だったんですが…” “その下にあったのはドロドロに溶けた『何か』だったんです” 「マズイ……確かにそんな事になったら……」 ギーシュが頭に浮かんだ最悪の予想を振り払う。 それで取り返したとしてもメイドがいなくなっていればすぐに気付かれる。 そうなればシエスタが学院のメイドだった事が判明し、そこから彼へと捜査は及ぶだろう。 使い魔の責任は主であるルイズの責任。 最悪、ルイズは縛り首。使い魔の方は解剖されて実験台。 いや、だけど彼の力なら衛士隊とも渡り合えるかもしれない。 “トリステイン王国VS究極生物!” そんなチープなタイトルが浮かんでしまった。 冗談じゃない…! 早く止めないと笑い話じゃ済まなくなる! 風竜が空を翔る。 目指すモット伯の屋敷は間もなく見えてくるはずだ。 「それで私に何の用かね?」 頬杖をつきながら至極不満そうにモットは応対する。 その視線の先には薄汚い犬。 これからお楽しみの時間だというのに邪魔をされて最悪の気分だった。 「なに、伯爵様に是非見てもらいたい物があってな」 ソリには布が掛けられていた。 その布の端を彼が咥え引き抜く。 途端、露になるソリの中身。 「……! 何ィ、まさか、それは…!」 積まれていたのは雑誌だった。 それもただの雑誌ではない、いわゆるエロ本だ。 いくら『ドレス』の研究員とはいえ、研究所に缶詰では溜まる物もある。 そういう時に『こういう物』のお世話になっていたのだが、それが資料に混じっていたのだ。 『異世界の書物』に興味があると聞いた彼はふとコルベールの事を思い出した。 そう。バオーに関する資料もまた『異世界の書物』なのだ。 そしてコルベールが要らない資料があると言ったので内緒でぱくってきたのだ。 頭を下げたのはその謝罪。 そして、彼が適当に持ってきた本はモットの好みに直撃した。 「……………」 モットの視線が本に釘付けになっている。 つつつとソリを引っ張ると釣られてモットの視線も動く。 更に動かすと今度は椅子から立ち上がった。 「それじゃあ機嫌悪いみたいなんで出直すわ」 「待ちたまえ! 話を聞こうじゃないか!」 そそくさと出て行こうとする彼をモットが焦り呼び止める。 モットの不機嫌など完全に吹き飛んでいた。 もしデルフが笑えたらきっと笑っていただろう。 『よし、餌に食いつきやがった』と。 「分かっているとも。あのメイドだな? すぐに解雇しよう。勿論まだ手はつけておらん」 「おいおい伯爵様よー。こっちはかの有名な『異世界の書物』だぜ? メイド一人と交換で済むと思ってんのか?」 「むう……」 モットは自分の髭に手をやった。 これはただの脅しだ。 連中にしてみればあのメイドを助ける事が重要であって、 本の値を吊り上げるのはついでに過ぎない。 だから、ここは強引に押し切っても大丈夫だろうと踏んだ。 「…悪いが、それ以上の条件は呑めんな」 「じゃあ、この話は無かった事で」 「待ちたまえぇぇぇーーー!」 あっさりと引き下がろうとする犬を慌てて呼び止める。 まさか、そう来るとは思ってなかったのか、予想外の展開に振り回される。 デルフとてシエスタを助ける事が第一だと思ってる。 しかし、それでシエスタを助けた所で今度は他の女性が犠牲になるだけだ。 だからモット伯から搾り取れるだけ搾り取って新しいメイドも雇えないようにしてやろう。 そういう考えがあったのだ。 「そうだな。屋敷にいるメイドで実家に帰りたい連中全員ならいいぜ」 「くっ……! いや、しかし、それは…」 「考えてもみろよ。メイドにだって給金払ってるし、維持費だってバカにならねえだろ? それが貴重な本に代わるんだぜ? 『固定化』かければ維持費なんて必要ないだろ? 長期的なスタンスに立ったらメリットだけが手元に残るんだぜ。メイドも一生若いままじゃねえんだし」 「なるほど、それもそうか…」 昔取った杵柄というべきか。門前の小僧習わぬ経を詠むというべきか。 武器屋の親父の所で年月を過ごしたデルフは、こういった駆け引きが得意だった。 そりゃあもう口八丁で良い点ばっかり強調して商談を成功させた。 早く早くと急かすモットを落ち着けてメイドたちが先と念を押す。 その後、集められたメイドの数はデルフの予想を遥かに上回っていた。 モット伯の欲深さに正直、呆れるばかりである。 だが、シエスタを除き皆の表情は暗い。 元よりモット伯に身体を弄ばれた者達だ。 このまま故郷に帰っても肩身も狭いのだろう。 嫁ぎ先も決まるかどうかも怪しいし、 元々貧しい出の者も多いだろうから生活も苦しくなるだろう。 だが、そこもデルフの計算の内だった。 メイド達を確認すると本を手に取る様にモット伯に促す。 「おお…ついに『異世界の書物』が我が手に…!」 感極まった声でモット伯がソリに載せられた本に手を伸ばす。 そして持ち上げた瞬間、驚愕の声を上げた! 「何ィィィィーーーー!!」 『異世界の書物』の下には、もう二つ『異世界の書物』があった。 つまり! 『異世界の書物』は『三冊』あった! 彼がぱくってきた雑誌は三冊あった。 万が一の事態を考慮し多めに持ってきたのだ。 勿論、指示したのはデルフである。 何も無ければ返せば良いと実弾を増やしてきた。 「さて、二冊目なんだが……」 「っ………!」 モット伯の威厳がデルフに呑まれていく。 正に魔剣と呼ぶべき迫力。 それを以って、ぼそぼそと伯爵に耳打ちする。 「メイド一人当たりに、これだけの退職金を支払うという事で」 「……! おまえ、それだけあったら酒場が一つ経営できるぞ!」 しかもメイド一人当たりである。 合計すれば金額は更に跳ね上がる。 どれぐらいかというとモット伯の屋敷の金庫の中身ぐらい。 こう見えてもモット伯は老後の心配もする慎重派。 蓄えは常に持っておかないと心配な人なのだ。 それが空になるというのは流石のモット伯も腰が引けてしまう。 だが、悪魔の囁きがそれを覆した。 「これ、さっき買ったのの続きなんだけどよ……本当にいいのか?」 「!!!」 コレクターにとって揃える事は何よりも重要である。 たとえ、中に何が書いてあるか分からなくても揃っているだけで価値はある。 逆にいえば、いくら価値がある物といえど揃わなければ価値は半減。 「さあ、どうする?どうする?」 「…いや、それは、急に言われてももう少し考えさせて……」 「そっか。じゃあご縁が無かったという事で」 「むぅぅあぁぁちぃぃたまえぇぇぇーーーー!!!」 金庫から運び出される金貨や金塊の山。 それを平等に彼女達へと分配していく。 新しく人生をやり直すための資金だ、多いに越した事はない。 最初は面食らっていたものの、ようやく飲み込めたのか感謝の言葉を口に出す。 笑顔を見せる者、中には涙を零す者もいた。 「いいって、いいって。実際には伯爵様が出してんだからよ」 「……ああ」 反面、モット伯は燃え尽きかけていた。 資産の大半を注ぎ込んだのだ、枯れ果ててもおかしくない。 しかし、そういった人間もまた悪魔にとっては標的にすぎない。 「実はよー、これ三部作なんだな、これが」 「………!!?」 そして悪魔は再び囁く。 モット伯を破滅に導く為に…。 「………………」 彼女たちは言葉を失っていた。 風を切り、吹き抜ける風を物ともせず、 ようやくモット伯の屋敷に辿り着いた彼女達が見た光景。 それは鎧や絵画などの財宝を満載した馬車にメイド達を侍らせ、 悠々と衛兵達に見送られる自分の使い魔の姿だった。 何が起きたのか、それともこれは夢なのか。 横に立っているギーシュの頬を捻り上げ確かめる。 「なあ、本当にこれで良かったのかね?」 頭に冠をかぶった相棒にデルフが話し掛ける。 悪ノリした自分もどうかと思うのだが、良くある悪者退治には程遠い。 魔王の城に乗り込んで破産させたなんて話、聞いた事がない。 こんな結末で良かったのかと彼に尋ねた。 「わん!」 実に軽快な返事。 これでいいのだ、と彼は答えた。 どんな結末だろうと自分は後悔しないようにやったのだから。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2193.html
タバサが杖を振って合図を送ると、シルフィードが高く鳴いてゆっくりと高度を落としていく。今の鳴き声で地上の王党派の軍もルイズたちの姿に気が付くはずだ。 距離が離れているうちに白旗を見せておかなければパニックになるかもしれない。そんな配慮をしたのは、父親が元帥であるギーシュだった。 それが功を成したのか、ルイズたちが地上に降りた頃には偉そうな態度を取る大柄な男が一人、出迎えに現れていた。 恐らくは、前線を仕切っている仕官だろう。熊を殺すために作られたような金属の杖を手にしている姿は、威圧感に満ち満ちていた。 杖を持っているということはメイジに違いないのだろうが、どちらかと言えば斧でも奮ってドラゴンと戦っていたほうがしっくり来るような外見だ。トロル鬼と素手で殴り合いをしても勝てるのではないか。そんな印象を抱いてしまうほどの巨体だった。 「何者か」 外見に似合った低い声で杖を突きつけてくる男に、ルイズは一歩前に出て優雅にお辞儀をする。 「わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ王女の命により、トリステインより参りました。ウェールズ皇太子にお届けしなければならない手紙を預かっております。お取次ぎ願えませんでしょうか」 ウェールズ皇太子という言葉に、男は表情を固くした。 内戦の当初より主な将校は貴族派に寝返っているため、王党派には将官が少ないのだ。王たるジェームズ一世も老いが原因で戦場に立てない以上、王党派の実質的指導者はウェールズということになる。 そんなトップに立つ人物に突然会いに来たと言われても、一介の仕官がどうこうできるはずがない。 男は近くに居た兵の一人を伝令として後方に聳える城へ向けて走らせると、杖を突きつけたまま岩のような顎に生える苔のような髭を乱暴に撫で付けた。 「まずは、お前達の身分を証明できるものを提示しろ。でなければ、ここを通すわけにはいかん」 そんな問いかけに、ルイズは眉尻を吊り上げた。 大方、伝令が適当な人物を連れてくるまでの暇つぶしなのだろう。しかし、この問いかけに返せるものがなければ、ルイズたちは本当に追い返される可能性がある。 この問いかけは、ウソのようで本気なのだ。 どのような人物であれ、組織のトップと会いたいというのだ。厳格な審査、と言えるかどうかは分からないが、それなりに厳しい目でルイズたちの正体を見極めようとするだろう。 下手を打てば、任務は失敗に終わる。最後の難関とも言える場所だった。 だが、そんな事情を察しきれない人間もいる。 ヴァリエールの名前を出してなお身分の証明を求められたルイズだ。 「あ、アンタ、ヴァリエールの名前を知らないの!?トリステインのヴァリエール公爵よ!聞いたことくらいあるでしょう!!」 先程の優雅なお辞儀を台無しにする一声に、男が元々深く刻まれていた眉間の皺を更に深くする。 「ちょ、ちょっとルイズ!」 「ツェルプストーは黙ってて!公爵家の三女として、この無知な馬鹿に一言……」 止めるキュルケを押し退けたルイズが怒りを顕わにして前に踏み出そうとする。だが、それを遮るように男は突き出した杖を地面に思い切り叩き付けた。 轟音というよりは爆音だ。大砲が耳元で鳴らされたような衝撃が全身を駆け抜け、地震と錯覚しそうな振動が足から伝わってくる。 杖が振り下ろされた地面は陥没し、土が舞い上がっていた。 どれほど重厚な鎧に身を包んでいても、まとめて挽肉に変えられそうな一撃だった。 苛立った様子の男は地面にめり込んだ杖をゆっくりと持ち上げて肩に乗せると、見ただけで幼い子供が心臓発作を起こしそうな威圧感のある鬼の形相を浮かべて、太い眉毛の下にある小さな瞳をルイズに目を向けた。 「ヴァリエールの名前なら、オレだって聞いたことくらいはある。だが、テメエらがその名前を騙っていないという証拠はねえだろうが。どうだ、なにか間違ってるか?」 身の毛もよだつあまりにも恐ろしい顔だったので、反論することも出来ずにルイズは激しく首を横に振った。直接睨まれたわけでもないキュルケやタバサも顔色を青くし、ギーシュと才人はガタガタと体を震わせる。 そんなルイズたちの様子を見て鬼の形相に笑みを加えた男は、肩にかけた杖をもう一度ルイズたちに突きつけて、尋ねた。 「で、証明となるものは持ってるのか?」 慌ててルイズは服の上からポケットを探り、懐を探り、マントを翻してそれっぽいものを探し始める。キュルケやタバサ、ギーシュも男が納得しそうなものを探しているが、目ぼしいものは見当たらなかった。魔法学院の生徒であることを示すタイ留めならどうだろうと、アルビオンに入国した際の検問を思い出してギーシュが言い始めたが、男にあっさり却下された。 裏市場ではそういったものも時々出回るらしい。証明としては不十分のようだ。 これならどうだろうと手持ちのものを見せるたび、男の機嫌は悪くなっていく。 もっと決定的なものを提示しなければと焦るほど緊張が増し、手元が狂う。財布の中身を地面にぶちまけて涙目になってきた頃、ルイズたちの耳に最近やっと聞き慣れるようになった幻獣の翼の音が聞こえてきた。 「どうしたんだい、ルイズ」 「あ、ワルド!」 やっと追いついてきたワルドがグリフォンの上から声をかけて来た事で、ルイズの目がこれ以上ないくらいに輝く。 腐っても魔法衛士隊隊長だ。学生であるルイズとは違い、こういう場での対応というものを知っているはずである。 藁にも縋る思いで歓迎ムードを漂わせたルイズたちに、てっきり無視されるのかと思っていたワルドは戸惑いながらも頼られていることを認識し、颯爽とグリフォンから下りて男の前に躍り出た。 「誰だ、テメエ」 鬼のような男から鉄の杖を向けられて少し仰け反るも、ワルドは軍隊で仕込まれた度胸を武器に胸を張って自己紹介をした。 「トリステインの魔法衛士隊グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。連れがなにか粗相をしたようだが、良ければ事情を聞かせて貰え……」 また地震が起きた。 気取った態度だったために体勢が不安定だったワルドは、全身に駆け巡る衝撃と振動に足を取られて尻餅をつく。 男は、今までよりも更に不機嫌な様子でワルドを睨みつけていた。 「だからよ、テメエの身分を証明するようなものを提示しろって言ってんだよ。トリステインじゃ顔が証明になってるのか?だったら、俺にも分かる顔引き摺って出直してこいや!」 ぶん、と無骨な杖を振り上げた男に、ワルドは慌てて腰に差したレイピア状の杖とグリフォンの刺繍の入ったマントを取り外すと、懐から羊皮紙を一枚取り出して突きつけた。 「な、ま、待て、待て待て!身分証明なら、ほら!この杖と、マント。それに、グリフォン隊隊長として権利を行使するために賜わった書状もあるぞ!これなら、僕の身分を証明できるはずだ!」 やっとまともなものが出てきたと、少しだけ表情が落ち着いた男がワルドの差し出した書状を受け取り、内容を読み始める。杖とマントは魔法学院のタイ留めと同じで似たような物があるらしい。やはり却下された。 「……あー、なんだ。この最後に書かれているトリステインって名前はなんだ?」 理解できない部分があったらしい。 指で指し示された部分をワルドが確認すると、ああ、と声を出して頷いた。 「前王が亡くなったために、代役としてマリアンヌ王妃が署名するはずだったところだな。残念ながら、ちょうど王妃は前王を失った心労から職務に手を付けられず、更なる代役として枢機卿がサインを入れたのだ。ただ、そこには王の名前を入れる必要があるものの、枢機卿は王ではないから、代役であることを示すためにトリステインの名を借りて……」 「だったら却下だ」 ぽい、と放り投げられた書状をワルドは慌てて受け止めて、怒りを顕わにした。 「なにをする!これは王より賜わった大切な書状だぞ!」 「だが、サインは王のものじゃねえんだろ?」 男の言葉にワルドは言葉を詰まらせ、拳を握り締める。 確かに王のサインこそ入ってはいないが、これも立派な任命書だ。どこに出しても恥ずかしくはない。だが、それでこの男が納得しないのであれば、あまり意味はなかった。 なんとも格好の悪い敗北に納得がいかないのか、男に向かって睨みつけるものの、どうにも迫力がありすぎる凶悪な顔にたじろいでしまう。 正面からぶつかったら、どうやっても勝てそうにないのだ。スクウェアクラスのメイジなのに。 完全に負け犬の表情で戻ってきたワルドを一瞥して、ルイズは目を細めた。 「貴方に期待したわたしが馬鹿だったわ」 「め、面目ない……」 あまりにも冷たいルイズの言葉にワルドは肩を落とす。 扱いが酷いような気もするが、任務中の失敗が重なりすぎて文句も言えない。年甲斐もなく泣きそうだった。 だが、最後の頼りだったワルドがダメとなると、ルイズたちには残された手段はない。懐に仕舞った手紙に花押は押されているが、この分では難癖を付けられて却下されそうな勢いだ。 顔を寄せ合ってどうしたものかと相談を始めるルイズたちを、男は徐々に不審なものを見るような目で見始める。 そろそろ限界が近いようだ。 「証明になるものはねえのか?ないならテメエらを追い払うかこいつの錆びにするか、どっちかなんだが……」 「あ、いえ、もうちょっと待って!何とか探してみるから!」 剣呑な雰囲気を帯びて杖を振り始めた男をなんとか宥めようと、ルイズが震える声で訴える。 だが、あまり時間は残されていない。そろそろ伝令が上の人間を連れてくる頃だ。それまでに男もルイズたちの身の証明をしなければならない。 「ちょっと、キュルケ!あんたなんか持ってないの!?いつも自慢げに家宝とか見せびらかしてたじゃないの!」 「そういうルイズこそ、ヴァリエールヴァリエールって、しつこいくらいに言ってるんだから何か持っていてもいいはずでしょ!」 「ミス・タバサ……は期待はできそうにないね。僕もこの薔薇くらいしか僕を証明するものなんて持ち歩いていないみたいだ。なんとも情けない話さ」 「……貴方は?」 「俺?俺はそもそも貴族じゃねえしなあ。おいデルフ、なんか良い案はねえのか」 「相棒。貴族や平民どころか、剣でしかねえ俺になにを期待してるんだ?身の証明なんて面倒臭いもん、俺に出来るわけねえだろ」 それぞれに言葉を交わして男を納得させるものがないかを探すものの、それらしいものは一つも出てこない。次第に相談が口論に発展し、最初から喧嘩腰に近かったルイズとキュルケが掴み合いを始めた頃、とうとう男が痺れを切らして杖を掲げた。 「ようし!なにも出てこないみたいだから、テメエらは今この瞬間に訪問者から不審者に格下げだ!そして、戦場に現れる不審者は敵のスパイと相場が決まってる。なら、やることは一つだよな?」 鉄の塊にも見える杖を軽々と振り回し、体を温め始めた男を見てルイズたちは顔を真っ青にした。 かつてないほどの命の危機だ。明確な殺意がぷんぷんしていて鼻が曲がりそうだった。 「いや、待って!待ってったら!あと十分!!」 「寝起きの悪いガキみてえなこと言ってんじゃねえ!往生せいや!」 振り上げられた杖が豪腕をもって振り下ろされる。 魔法を使わないメイジという、新しいタイプの戦士が誕生した瞬間かもしれない。 ルイズたちは口々に悲鳴を上げ、両親に祈りの言葉をありったけ並び立てて来るであろう痛みに備えて目を固く閉じる。 「…………あれ?」 だが、鉄の塊がルイズたちを襲うことは結局無かった。 状況を把握しようと恐る恐る目を開くと、ルイズの額まで手の平が三つ挟める位置に鉄の塊が迫っているのが見えた。 心臓が悲鳴を上げて、思わず息を呑む。 しかし、鉄の塊は振り下ろされるどころか、ゆっくりと持ち上げられていた。 杖を振るった男が腕を引いているわけではない。誰かが、魔法で杖を移動させているのだ。 ホッと一息つくルイズたちが命の有り難味を存分に味わったとき、その魔法を使った人物が声をかけてきた。 「申し訳ありません。部下が勝手な真似を……」 そう言ったのは、大柄な男の傍らで杖を構えた老人だ。 貴族というよりは、使用人に近い衣装に身を包んだその人物は、視線を送って男を下がらせると、ルイズたち向けて謝罪をするようにお辞儀をした。 「トリステインからの客人に無作法を働いたことを、彼の者に代わって謝罪をさせていただきます。大変申し訳ない」 「いえ……その、わたしたちも確かな身の証明となるものを持ち合わせていなかったのが悪いのです。急ぎだったとはいえ、迂闊でした」 ルイズが恐縮してお辞儀を返すと、老人はにこりと笑った。 「ラ・ヴァリエール家のご息女とお聞き及びいたしました。わたしの名はパリー。ウェールズ殿下の侍従を仰せつかっております。ようこそ、戦乱の地アルビオン王国へ」 そんな紹介に、後方に居たキュルケたちもお辞儀をする。 パリーの最後の言葉は皮肉を交えたジョークなのだろうが、それを笑うにはルイズたちは戦慣れしていない。それが逆にパリーには好印象だったのか、笑みを深めて城への道に案内を始めた。 それについて歩き始めるキュルケたちだが、ルイズは一人足を止めたままにすると、パリーの後姿に疑問を投げかける。 ルイズたちは身の証明をする審査に不合格の烙印を押されたはずだ。それなのに、城へと案内するというのはどういうことなのだろう。 パリーはルイズがヴァリエール家の息女であることを信じているようだが、ルイズはまだそれを証明していない。 アレはただの演技だったのか? それなら酷い話だ。侮辱と言い換えてもいい。ルイズたちが子供でなく、ワルドが幾度も失敗を繰り返して落ち込んでいなければ大騒動を起こしていただろう。 身分証明一つ持ち歩いていないのは問題ともいえるが、もともとそういう習慣がハルケギニアにあるわけではない。審問に当たった男の対応は、あまりにも厳しいように思えた。 そんなルイズの問いに、パリーは意外そうな顔でルイズの顔を見つめると、視線を落として日の光を受けて鮮やかに光る宝石に目を向けた。 「ラ・ヴァリエール様は確かな身の証をお持ちですよ。右手の薬指につけた水のルビー。それは我がアルビオンにも伝わる始祖ブリミルの秘宝の一つ。王女殿下の指にあるはずのそれが貴女の手元にあるのです。盗まれたという話を聞かない以上、貴女はアンリエッタ王女より直接国宝を受け取れる身分であることの証明。これ以上の身の証はないでしょう。アンリエッタ王女も、それを知っていて貴女にそれを預けたのでは?」 才人を除いた、この任務の同行者全員の視線がルイズに突き刺さる。なんでそれを前に出さなかったのかと責める視線だ。危うく殺されかけたのだから、怨まれても仕方ないだろう。 だが、そんな目を向けられてもルイズにはどうしようもない。本当に知らなかったのだ。自分が嵌めている指輪が国宝だったなんて。 アンリエッタから託されたときの言葉を思い出して才人が一人顔を青くし、ルイズは向けられた視線を誤魔化すように曖昧に笑う。 まさか、売り払って旅の資金にあててください。なんて言われていたことを話すわけにもいかない。だが、同時にお守りとして渡されたことを思うと、確かにご利益があったようだ。 姫様、感謝いたします。でも、そういうことは事前に言っておいてください! 長年の友情を培ってきた幼馴染の王女にそんな言葉を心中でぶつけながら、ルイズは今後アンリエッタの頼み事を聞くときはホイホイ乗っからず、詳細な計画を立てて望むことを始祖ブリミルに誓うのだった。 ニューカッスルの城は、つい最近まで敵の砲火に晒されていたらしく、城壁のあちこちに大きな穴が開いて悲惨な様相を見せていた。砦の数が防備を固めるほうに人手が割かれたのだろう。修繕は後回しのようだ。 城内も調度品の類は全て取り除かれ、その代わりに剣や槍といった実用品が纏めて立てかけられている。メイジ用の杖の予備も相当な数が揃っているようだ。だが、使う者の数が圧倒的に少ないようで、それらは手入れもされずに放置されていた。 やはり、兵の数が足りないのだろう。 ルイズたちはパリーに案内されて謁見の間に向かう途中、廊下を歩く騎士達の愚痴を幾つも耳にした。 雇った傭兵が逃げた。居るはずの騎士の姿が見えない。情報が筒抜けになっている。裏切り者が出た。などなど。 敗戦の色は濃厚で、いまさら覆せるものでもないらしい。士気の低下も著しく、パリーもそんな愚痴を聞いているはずなのに、特に咎めるようなこともしなかった。 謁見の間に入り、砕けたガラスの散らばる広間の向こうに年老いた王の姿を見つけると、ルイズたちは揃って跪こうとする。だが、他ならぬ王がそれを止め、挨拶も必要ないと言って弱弱しく笑った。 「このようなところで膝をつけば肌を傷つける。麗しき大使達に、その様な真似はさせられぬよ」 床一面に散らばったガラスは、本来は日の光を入れるための窓を飾っていたものだろう。大砲の衝撃で割れたのか、空の色をそのまま通す窓には無事なものは一つも無かった。 一歩足を踏み出すたび、踏みつけたガラスが割れる音がする。それが王党派の現状を表していると思うと、ルイズは無性に悲しくなった。 「手紙を、こちらへ」 枯れた声でジェームズ一世が手を伸ばしたのを見て、ルイズは懐からアンリエッタから託された手紙を取り出す。 ふと、封蝋に押された花押を見て、王に渡して良い物かと考えを巡らせた。 これは、ウェールズに宛てた手紙だ。本人に手渡さなければならない。 そう思ったのを見破られたのか、ジェームズ一世は力なく笑うと、伸ばした手を下ろして深く玉座に座り直した。 「ウェールズなら、ここにはおらん」 目が虚空を見つめていた。 王の言葉がどういう意味なのか分からずに呆然とするルイズたちを、パリーが悲しそうに眺める。酷く、疲れた様子だった。 「それは、どういうことでしょうか」 ワルドが一歩前に出て尋ねると、ジェームズ一世の視線がルイズたちのほうに戻ってきた。 パリーと同じように、王も疲れているようだった。 「ウェールズは……我が息子は行方不明なのだ。敵の補給路を断つべく船を動かしてから、それきり。同じ船に乗っていた者達の話では、商船を襲った際に奇妙な格好の男の人質にされて逃げられたそうだ。追撃しようにも敵の軍艦が多く、諦めるしかなかった。そう聞いておる」 恐らく、もう戻ってはこんだろう。 そう呟いて、アルビオンの王はガラスの嵌まっていない窓に目を向けた。 「そんな……ウソですよね?」 肩を震わせ、渡す相手のいない手紙を握り締めたルイズが首を横に振る。 パリーが皺が深くなる顔を撫で付けた。 「あなた方を審問した男が必要以上に厳しかったのは、殿下が敵の手に渡ったと聞いておったからです。ああ見えて、我が国の衛士達を率いておる人物でしてな。船酔いが酷くなければ殿下と共に空の兵の一員となっていたでしょう。殿下が行方不明になったと聞いた昨晩など、酷く泣き腫らしていた様子でございました」 ルイズ達に厳しく当たったのも、外から来る報せが最悪なものである可能性ばかり思い浮かぶからだ。 敵の手に渡った王子がどのような目に合うのかなど、言われなくても分かる。 人道的な扱いを受けている可能性は限りなく低く、五体が満足であれば奇跡といったところだろう。散々痛めつけた後は身代金を要求してくるか、或いは首だけになった姿を大衆に晒すかの二つに一つだ。王権を乗っ取り、新しく体制を敷こうとする者たちにとって、前代の支配者の直系など邪魔でしかない。 何時のそんな話が飛び込んでくるのか、ウェールズを慕うものにとっては気が気ではないはずだ。 助けに行きたいという感情と、どこに行けばいいのかという戸惑い。それらが鬩ぎ合い、強いストレスを溜め込み続けることになる。 そう考えれば、ルイズたちに向けられた鉄の杖の意味が分からなくもない。 「済まぬな。このような遠い場所へわざわざ足を運んでもらいながら、余は諸君らに目的を達成させてやることも、歓迎の宴を開いてやることもできん」 いつの間にか視線を戻してルイズたちを見ていたジェームズの言葉に、ルイズは目頭が熱くなるのを抑えて手の中で潰れてしまった手紙を見つめる。 まだ、任務は終わっていない。 アンリエッタが送ったという手紙をウェールズは肌身離さず持っていたかもしれないが、もしかしたらどこかに隠していた可能性もある。 一抹の望みをかけて、ルイズはジェームズに向かって足を動かした。 手が何とか届くかという位置に立って赤い絨毯の上に散らばるガラスも気にせずに跪いたルイズは、形を変えてしまった手紙を軽く伸ばし、それを王に差し出した。 「……これを、お渡しします。ウェールズ様に渡すようにと言われましたが、本人が居ないのであれば仕方ないでしょう。恐らく、姫殿下もそれを望まれるはずです」 ルイスはそう言いながらも、アンリエッタはこの手紙を他の人には見られたくないだろうと思った。書かれている内容は、恐らく、以前送ったという手紙に勝るとも劣らないもののはずだからだ。 それでアンリエッタが自分を処罰するのなら、謹んで受け入れよう。 そうすることが、自分の責任ではないかと考えていた。 「良いのか?」 「はい」 くしゃくしゃになった手紙を受け取ったジェームズが確認するように尋ねる。それに迷うことなく頷いて、ルイズは仲間の下へと戻った。 封を切り、中から便箋を取り出したジェームズは、その内容を老いた目でゆっくりと読み進める。握り締めたために読み辛いはずのそれを微笑ましく眺め、文の終わりに近付くに従って少しずつ表情が崩れていった。 老いた顔に刻まれた皺が増えたような気がする。 手紙を読み終えたジェームズは、丁寧に便箋を封筒の中に仕舞うと、長い溜息をついて天を仰いだ。 疲れが増したような姿に、ルイズたちは何も言えず、ただ立ち尽くす。 「あの、バカ息子が。なぜ早く言わなかった。消え行く王族の誇りなど、海の底にでも沈めればよかったのだ……」 僅かに聞き取れたそんな呟きに、ルイズは反論したかった。 この任務の途中で迷惑を受けた者達が居る。命を落とした者達が居る。そんな人々の思いを背負って、それでも前に進むのだと決めた。それが、貴族の義務だと。 だが、目の前の王はそれを否定しているように見える。あの呟きは、力あるものの責任を放棄する言葉だ。許せるはずがない。 なのに、ルイズの口は石で固められたかのように動かなかった。 ジェームズの小さな呟きが、ルイズの思いよりも遥かに大きく、重い気がしたのだ。 何が正しくて、何が正しくないのか。 せっかく生まれた覚悟が、あっという間に突き崩された気分だった。 「パリー。大使殿をウェールズの部屋へ。どうせ戻らぬものの寝床だ。そこにあるものは好きにしてかまわん」 「かしこまりました」 パリーがお辞儀をしてジェームズの下を離れると、ルイズたちを横切って入ってきたときに使用した扉を開け放つ。 「どうぞ、こちらへ。殿下の居室へご案内いたします」 その言葉に従ってルイズたちはジェームズ一世に恭しく礼をして、踵を返した。 「待たれよ」 ジェームズ一世の声が謁見の間に響く。 振り向くルイズたちに杖を取り出したアルビオンの王は、手元にあった手紙を軽く宙に放ると、杖をついと動かして魔法をかけた。 「手紙を返そう。それは、ここに置いておいて良いものではない」 宙を舞ってルイズの手元に戻ってきた手紙を一瞥して、王は手を振る。 ルイズは再びお辞儀をして、謁見の間を後にした。 蝶番が軋みを上げてゆっくりと閉じられる扉。厚みのあるそれは、人の声を遮るには十分なはずなのに、今は頼りなく思える。 心臓を鷲掴みにするような悲鳴のような慟哭が、扉を伝ってルイズたちの下に届いている。 それに足を止めることなく、トリステインからの大使達は足を動かした。 城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、王子のものとは思えないほど質素なものだった。 木で出来た粗末なベッドに、椅子とテーブルが一組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られている。後はボロボロの地図と、使い古されたペンが机の上に放り出されているくらいだ。他に目に付くものといえば、溜まった埃くらいだろう。 最初に部屋の中に入ったキュルケがベッドの上に乱暴に腰掛けて、煙のように舞い上がった埃に激しく咽ていた。 「管理をする使用人達は、もう暇を出して城を脱出させました。今夜の便が最後です。皆様はそれにお乗りになって帰られると宜しいでしょう」 唐突なパリーの言葉に一同の視線が集まる。 「決戦ってやつか?」 シティ・オブ・サウスゴータに集まっていた貴族派の軍勢を思い出して才人が尋ねると、パリーは笑顔のまま頷いた。 「今朝方、敵が通達を出してきました。明日の正午、ニューカッスルに総攻撃をかけると。戦力差が開き過ぎておりますからな。篭城しても、日没まではもちますまい」 まるで前日の夜に食べた献立のことを話すような軽い口調でそんなことを言うパリーに、才人は不満そうに表情を歪める。 「恐くは、ないんですか?」 予想していた質問なのだろう。パリーは才人に向き直って首を横に振ると、背筋を伸ばして天井を見上げた。 「わたしは、この通りの年齢でございます。放って置いても寿命で命を落とすでしょう。しかしながら、この城に止まっておる兵達は違います。皆、いつ訪れるか分からぬ死の恐怖に怯える毎日を過ごしておるはずです。このような老いぼれですら、時に身震いするのですから、その恐怖たるや、想像を絶するかと」 「なら、逃げるという選択肢はないのかしら。船は出られるんでしょう?」 キュルケが口を挟むと、パリーはまた首を横に振った。 「行き場がありませぬ。亡命すれば、受け入れてくれた国に迷惑がかかります。内憂を払えぬ王家に存続する資格はない。それが王の意思でございます」 「このまま滅びるのを待つというのですか」 今度はギーシュが言葉を発した。これにも、パリーは首を振る。 「敵はハルケギニアの統一や聖地回復などという、妄言を垂れ流しております。とすれば、必ずや他国にも迷惑をかけるでしょう。だからこそ、ここで我々が寡兵でもって彼奴らに苦渋を舐めさせ、王家は容易い相手ではないと思い知らせる必要があるのです」 「援軍を求めないのですか?ガリアやゲルマニアは動かなくても、トリステインなら……」 次はルイズだった。だが、やはりパリーは首を振った。 「此度の戦いは内戦です。それも、恐らくは敵の後方に何処かの国が付いております。我々がニューカッスルの周辺を奪還できたのは、後援する国になにか騒動があったからでしょう。それも一時的なもの。援軍を要請して他国の介入を許せば、戦争が泥沼化します。アルビオンは長き戦火に飲まれることになるでしょう。民を苦しめるようなことは、出来ませぬ」 パリーの言葉に、それぞれが沈黙して顔を俯かせる。ワルドはやり取りの結論が既に見えていたのか、黙ったまま窓の外を眺めていた。 一人、参加しなかったタバサが唐突に手を上げると、パリーはにこりと笑って質問を促した。 「ウェールズ皇太子が無事に生きていたら、どうするの」 いつものように感情の読み取れない表情でのタバサの言葉に、流石のパリーも動揺する。 口をパクパクと動かしたかと思うと、ぐっと手を握り、首を振る。 戦争だからと言って、何もかも割り切れているわけではないようだった。 「……お戯れを。報こそ入ってはおりませんが、望めぬ話でしょう。王には知らせておりませんが、殿下を拉致した船は敵の手中にある軍港ロサイスに向かったと聞きます。敵陣の最中に送られて逃げられるとは思えませぬ」 どこか責めるような目で言うパリーを、タバサは変化のない表情で見つめ返す。 「……そう」 それ以上聞くつもりはないのか、タバサは質問するのを止めてキュルケの隣に座ると、いつも持ち歩いている本を広げた。 だが、どことなく希望を抱かせる質問だったせいか、パリーは少しだけ考えてタバサの質問に答えを用意すると、またにこりと笑って頭を垂れた。 「もしも、殿下が生きておられたなら、どうか、王家のことなど気にせずに一人の男として生きて欲しいと伝えてくだされ。四年前の事件からというもの、殿下は病的なまでに贅沢を嫌い、職務に打ち込むようになられました。それゆえ、幾度も心休まらぬ時期もありましたが、必ずや素晴らしい王となられたことでしょう。次代の玉座を用意できなかったのは、我らのような老人の責任。未来ある殿下が滅びの道に付き合う必要はないでしょう。少なくとも、わたしはそう考えております」 パリーが話を終えると、タバサは満足そうに頷いて、約束する、と答えた。 その様子があまりにも力強かったため、もしかしたらウェールズは生きているのではないかと淡い期待を抱いてしまいそうだった。だが、目の前にある本来の住人が存在しない居室を見ることで現実に引き戻される。 それでも、悪くない夢だった。 パリーはタバサにもう一度頭を垂れると、ルイズに向き直った。 「長話につき合わせて申し訳ございません。わたしはこれで失礼させて頂きます。夕食までの間であれば城の中をどのように歩かれても構いませんが、兵士達にはあまり近寄らないほうが宜しいでしょう。ここに来られた時のように、不快な思いをされる恐れがありますので」 言葉の最後に再びお辞儀をして去っていくパリーを目で追い、姿が見えなくなったのを確認すると、ルイズは、さて、と呟いて部屋の中を見回した。 「この部屋の中に姫殿下がウェールズ様に送られたという手紙があるかもしれないわ。手分けして探しましょう」 手を叩いて行動開始の合図を出したルイズに従い、それぞれが特に探す場所もない部屋の中を漁り始める。 パリーの話を聞いた後で動きが鈍いようだが、それでも気持ちの切り替えはしなければならない。任務を放り出すわけにはいかないのだ。 自分の頬を叩いて気合を入れたルイズが、自分も動かなければと一番怪しい机に近付いて引き出しの取っ手に手をかけた。 「なあ、ルイズ。この部屋に無かったらどうすんだ?」 ぐるりと視線を部屋の中に這わせた才人が尋ねると、ルイズは引き出しの取ってから手を離して両腕を可能な限り大きく開いた。 「もちろん、城中を探し回るわ。時間制限は夕食までよ」 「うへえ、マジかよ」 無茶な要求に、才人が早速弱音を吐きそうになる。 城は広い。それも、途轍もなく。しかも、任務の都合上、その辺の兵隊に協力を頼むわけにも行かないのだ。この場に居る六人で探し回らなければならない。 やれやれ、と呟いて才人はベッドの下に目を向けて覗き込むと、大抵こういうところにアレな本が隠してあるんだよなあ、などと考えながらベッドの下に手を伸ばす。 だが、その手がベッドの奥に伸びる前に、後方で明るい声が聞こえてきた。 「あ、それっぽいの発見」 「もうかよ!?」 あまりにも速い展開に才人が叫ぶと、ルイズは胸を逸らして自慢げに宝石のちりばめられた小箱を見せ付けた。 確かにそれっぽい。それっぽいとしか形容できない。 だが、机の引き出しに入っていたそれは、鍵が付いているらしい。そう簡単には開けさせてはくれないようだ。 勿論、持ち主でもないルイズたちが合鍵を持っているはずがないのだから、こういう場合はあまり使用を許されていない魔法を使わざるを得ないだろう。 「ギーシュ、お願い」 「任せたまえ」 差し出された小箱を前に、ギーシュが薔薇を模した杖を掲げ、短い言葉と共に振るった。 アンロック。開錠の魔法だ。 魔法をかけられた小箱の蓋を手に取り、ぐっと力を篭める。 「……開かないわよ?」 そんな言葉にキュルケが笑って近寄ってきた。 「あはははっ、しっかりしてよギーシュ。ルイズじゃないんだから」 「……それは喧嘩を売ってるのかしら、ミス・ツェルプストー?」 キュルケの言葉に眉を吊り上げたルイズを余所に、自分の杖を見つめてギーシュは首を捻る。 上級の魔法ならいざ知らず、初級であるコモン・マジックのアンロックを失敗するのは初めてだった。 「確かに成功したはずなんだけど……」 「貸してみなさい。あたしがやってあげるから」 ルイズの手から小箱を取り上げたキュルケが、自分の杖を取り出して無意味に派手な動きで杖を振る。 だが。 「……あら?」 「やっぱり開かないじゃない」 小箱の蓋を掴んで力むキュルケに、ルイズが冷たい目を向けた。 「どうやら、かなり強力なメイジの手によって封じられているみたいだね。正しい鍵か、そのメイジよりも強い魔力でなければ開かないみたいだ」 「そ、そうよ!あたしたちが魔法に失敗したわけじゃないのよ!」 ギーシュの言葉にキュルケは自分は悪くないのだというように首を縦に振る。 しかし、ルイズの視線は冷たいままだった。 このタイミングでは言い訳にしか聞こえないのだろう。ギーシュとキュルケも冷や汗を浮かべて、ルイズの視線から逃れようとそっぽを向いた。 「貸したたまえ。僕がやってみよう」 ワルドが前に出て狭い部屋には邪魔臭いレイピア状の杖を取り出した。動きこそ大きくないが、キュルケよりも邪魔臭かった。はっきり言って、目障りだった。 ワルドに対するルイズたちの好感度は、既にゼロかマイナスなのだ。何をやっても嫌われる状態である。 どこかうんざりした様子で魔法をかける姿を見守っていたルイズたちは、ワルドが小箱の蓋を手に取った時点でやっぱりという表情を浮かべた。 「……むう!?何故だ!」 やはり箱は開かないらしい。 こうなったら力技だと、歯を食い縛って蓋を抉じ開けようとするワルドだったが、それでも小箱が開く様子はなかった。 「やらせて」 本を閉じたタバサが、ワルドの手から小箱を奪い取る。 ワルドの杖よりも大きな節くれ立った杖を振るうが、なぜかワルドのときのような邪魔臭さは感じなかった。やはり印象の差だろう。 「アンロック」 短く持った杖の先が小箱に触れる。 淡い光りが箱を包み、やがて部屋の中に金属音が響いた。 「開いた」 箱の蓋に手をかけたタバサが箱の中身をルイズに見せる。 どことなく得意げだった。 「どうやら、この中ではミス・タバサが一番魔力が強いみたいだね」 「なんか置いてきぼりにされた気分だわ」 「スゲエな、タバサ」 「そうね。それなりに評価してあげても良いわ」 箱が開いたことで気分を良くした子供達の輪から外れて、ワルドは部屋の隅で膝を抱える。 年長者でありながら、一番年下の相手に敗北したのだ。図らずも、“女神の杵”亭で行われた決闘が正しい力関係の結果であったことを証明してしまったのである。 なんだか色々とどうでも良くなりつつあった。 「で、手紙は?」 才人の言葉に、ルイズが慌てて箱の中に目を向ける。 小箱の中は蓋の裏にアンリエッタの肖像が描かれているだけで、外見の美しさとは正反対の簡素な姿を見せていた。もしかしたら、表面の宝石もイミテーションなのかもしれない。 木目が見えている箱の中身は、封筒が一つあるだけで、他には何も入っていなかった。 ルイズは強力な魔法で守られていた小箱の中身である封筒に手を伸ばすと、そっと中身を取り出す。 それは、なんども読み返されたために擦り切れた、若い少女が綴った恋文だった。 「……姫殿下、目的を果たしました」 時間をかけずに読み終えたルイズは、それを大切に元の封筒に仕舞うと、ジェームズから返された手紙と一緒に懐へ収めた。 これで、ルイズたちに課せられた任務の大部分が終わりを迎えたことになる。 後は、この手紙を無事にトリステインに持ち帰るだけだ。 「ルイズ。その手紙って、やっぱりラブレターってやつ?」 アンリエッタから直接任務を命じられたわけではないキュルケが推測で言うと、才人が明らかに動揺した様子を見せる傍らで、ルイズは落ち着いてゆっくりと首を横に振った。 才人とルイズのどちらの態度を信じれば良いのか分からず、キュルケが首を傾げると、ルイズは手紙の入った胸に手を当てて勝ち誇ったように笑みを浮かべる。 「何年か経って、この手紙が意味を無くした頃に教えてあげるわ」 魔法が使えないことで散々馬鹿にされ続けてきたのだ。たまに仕返しをしたくらいで罰は当たらないだろう。 「いいじゃないの、ちょっとくらい。ラブレターじゃないなら、なんだって言うのよ?」 「むううぅ、不敬ではあるが、僕も気になるぞ。ミス・ツェルプストーと同じ意見だったからね。外れていると聞くと、正解が知りたくなる」 「そっち関係じゃねえなら、果たし状かなんかか?」 「果たし状なら、確かに問題。でも、それだと大切にされていた理由が分からない」 もったいぶるルイズにキュルケたちが群がり、それぞれに手紙の内容を教えて欲しいとせがみ始める。 魔法学院では馬鹿にされたりからかわれたりというのが日常だったが、今回のように正面から悪意のない接し方をされるのは、ルイズは初めてだった。 段々気分が良くなって手紙に書かれていた事を公表したくなってくるが、それを理性で押し止める。我慢強さと気の強さは、誰にも負けない自信があるのだ。 のらりくらりとキュルケたちの追及を避けながら、ルイズは手紙の内容を心の中で反芻した。 甘ったるい詩に乗せられた強い想い。これを書いた時期のアンリエッタは、恋に恋する時代だったのだろう。良くこんなものが書けるものだと、読んだ自分が恥ずかしくなる文面だった。 だが、これは恋文ではない。愛を誓う宣誓書だ。 ウェールズという人物はここにはいないかもしれないが、何度も読み返された手紙が、アンリエッタの想いが届いていた事を証明している。 手紙の一文にある、始祖ブリミルへ誓う永遠の愛。 儀式を行っていなくとも、二人は強い絆に結ばれていたことだろう。 これを、血筋ゆえに望まぬ婚姻を迫られる幼馴染へ届けなければならない。この手紙を心待ちにしているであろう、親友へ。 貴女の愛は、確かに届いていたのだと。
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4148.html
「全く余計なことしやがって!恨む!サイトのことは一生恨んでやる!」 怒鳴り込んできたマリコルヌにサイトは目を丸くする。さすがのルイズもあまりの剣幕に無 礼を問い詰める勢いが出ない。マリコルヌは二人を睨みつけて怒鳴った。 「いいかお前ら!僕のような学院一恵まれない男のことを考えないのは差別だ!」 マリコルヌの言葉にシエスタが冷たい視線を向ける。だがマリコルヌはその視線を正面から受け止めて言った。 「そこのメイド!お前はわかってない。平民と貴族、世の中にはそれを超える格差があるんだ……いやそれどころか、僕はその窓から覗いているカラスより貧しい!」 窓の外にはつがいらしきカラスが二羽、枝先にとまっていた。 「『紳士淑女の交流会・クリスマスパーティー 清い社交を深めましょう』だ?深める女性が僕には、僕にはーっ!」 叫んでマリコルヌは握りしめたビラを破り捨てる。 ギーシュとサイトで「異国パーティ・クリスマス」と称した合コンを企画していたのだが、ルイズにこんがりと焼き上げられたサイトと巨大な水玉を弄ぶモンモランシーを目の当たりにしたギーシュが「清い男女交際」を建前にしたパーティに切り替えたのだ。 「いいかお前ら。白雪の舞う季節に、赤々と燃える暖炉を囲んで楽しく団欒する男女。つがいの鶴たちの求愛のダンス。寒がる子供をあやしながら夫と歩く母親。そして、吹雪の中、冷たく冷え切った部屋で自分で暖炉を点し人々を眺める荒涼とした僕!」 シエスタはひっ、と声を上げてサイトの背中に隠れる。肉に埋まった細い視線がルイズとシエスタの肌を這い回り、二人はサイトの背中に隠れるように身を寄せ合った。 ふ、とマリコルヌは自嘲的に笑って告げた。 「まあ、世界には哀れな者がいるということを認識してもらえれば、君たちも少しは大人になるだろうな……会費はお前ら持ちで、夕食をいただきに参加するよ」 マリコルヌが部屋が出ていくと三人は溜息をつく。シエスタは呟いた。 「貴族にも不自由な人、おられるんですね」 「全くお前も余計な仕事を増やしおって」 アニエスの言葉にサイトは苦笑する。ギーシュの限界を超えた馬鹿さ加減は王宮に届いてしまったのだ。その上アンリエッタ陛下から「清い男女交際を目指すという趣旨は乱れた世の中に良い心がけです」といかにもとってつけたような手紙が届き、誘った覚えもないのにお忍びでアニエスと陛下の参加届が同封されていたというわけだ。 「陛下が行くときかない上に宰相殿も何を血迷ったか『たまには息抜きも良い』なんぞと抜かしおって。おかげで私は護衛で、おまけにお忍びだからとこんな服まで着せられた」 アニエスは浅葱色のドレスを摘まんで毒付く。貴族と娘たちと違う、鍛え上げられて引き締まった肉体を生かした体のラインを強調するデザインのドレスなのだが、警備で来ているアニエスにとっては鎧の方がはるかにましらしい。彼女は健康な美しさの際立つ肩甲骨を魅せる、大きく開いた背中を不安げにさすりながら口をとがらせた。 「宰相殿も本当に古狸だ。私にこんなひらひらした服を着せた上に、くるくる回って見せろとか頬に人差し指を当てて首を斜めに傾けてみせろとか出鱈目を言いおって」 サイトはその姿を想像して笑いをこらえるのに必死で腿をつねった。何とか気づかれずに済んだのか、アニエスはさらに脇の杖に似せた警棒を指でつついて言う。 「こんなもの気休めにしかならん。全く、無責任にもほどがある。その上貴族の子弟のくせになぜこんなに私を気にするのだ?」 溜息をつくとアニエスは紅茶を口にした。たとえ宴席でも仕事中は酒を全く口にしないアニエスの徹底ぶりにサイトは苦笑してしまう。それにしても紅茶を飲む仕草一つとってもアニエスは男性的なのだが、軍隊で鍛えられた姿勢の良さと浮かれた様子のなさは、むしろ生徒たちにとって憧憬の対象になりえることにアニエスは気づかないようだ。 「あの、ダンスをご一緒願えませんか」 男たちが数人寄ってきた。アニエスは眉をひそめ、無愛想に答える。 「取り込み中だ。それに私は年上だぞ」 アニエスは視線でサイトに助けを求めるが、サイトは知らん振りをする。 「サイト君にはゼロのルイズがいますよ。それに美しく落ち着いた貴方と出来れば一曲」 少年たちの熱い視線に、アニエスも少しまんざらではない気分になって言った。 「私は剣の舞が専門なのだが……ダンスを教えてくれるか?」 少年は優雅な仕草でアニエスの意外に女性的な手を取った。 「あなた、意外に良い子ね。王宮でもメイドは募集していますよ。こちらよりお給金は良いですから、応募してみてはいかがですか?」 「私には難しいかと思います。それよりもサイトさんにお仕えしていたいですし」 「……何だか今、とても苛立った気分になったのはなぜかしら。私が許しますからそこにお座りなさい。お仕事はあなた一人欠けても今日なら大丈夫ですよ。ほらグラスを持って」 「あの陛下、そんな恐れ多いことを!それに私、酔って乱れたら」 「私が許しますからほらお飲みなさい。それとも私のお酒は飲めませんか?」 慌てて離れようとするシエスタを無理矢理座らせると、アンリエッタはグラスに金色の液体を自らなみなみと注いだ。 「ハネムーンという言葉は恋人たちの寄り添う姿を蜂蜜のように輝く双月に見立てたのが由来なのですって。だから今日は蜂蜜酒なのだそうですよ。本当、このお酒は憎らしいだけ甘いお酒ですわ」 二人の流れにタバサはそうっと忍び足で立ち上がろうとする。だがアンリエッタは魔物のような速さでタバサの腕を掴んだ。 「ルイズもサイトさんをあそこまで独占しなくても良いでしょうに。その寂しさ、折角ですから一緒にお話しましょうというだけですよ?」 「酔っておられますね」 「シャ……いえタバサさん、そんなことはありませんわ。ほらメイドさん……シエスタで良かったかしら?もっとお飲みになって」 タバサはシルフィードの姿を探す。だがシルフィードは肉料理に取りついて声など聞こえない様子だ。キュルケに目を向ければコルベールの腕を引っ張っている最中だ。 会場の演台から、ギーシュが今日の蜂蜜酒について受け売りの講釈を話した。 「皆様、蜂蜜酒はそのまま飲むだけではありません。様々なハーブで香りづけをして楽しむ、そしてより愛を深められる天上の酒なのです。ああ僕のモンモランシー、素敵なことを教えてくれてありがとう!」 モンモランシーが恥ずかしそうにうつむきながら、ミントの葉を浮かべた蜂蜜酒を高々と掲げてギーシュと乾杯をして見せる。 がたり、とタバサの隣りの椅子が動いた。目の据わったシエスタが酔っ払いの癖に無駄に素早い動きでジュースとハーブと、そしてどう見ても間違った量の蜂蜜酒の瓶をテーブルに並べている最中だった。アンリエッタもおかしな笑い方でグラスに酒とハーブを加えている。 「助け……どこにもない」 龍の巣に突入する以上の苦難に巻き込まれたのかもしれない。水魔法でタバサの足をテーブルに押さえ込んで杯を満たしていくアンリエッタを横目で眺めつつ、タバサは溜息をついた。 う、と口元を押さえながらタバサは会場を離れて外に逃げ出した。酔いと蜂蜜、そしてアンリエッタが出鱈目に混ぜたハーブの香気で胸がむかむかする。自分のいたテーブルでは今、アンリエッタとシエスタが運ばれているところだ。テーブルの上は「アニエス様ファンクラブ」の鉢巻きをした男子生徒たちがアニエスの命令で片付けをしているはずだ。 だが、たしかにルイズもひどいと思う。たしかにルイズの使い魔だが、好きあっているのかもしれないが。独占までしなくても良いではないか。 タバサはふと、玄関の黒い影に気付いた。熊かと一瞬思ったが、こんなところに熊がいるはずがない。改めて見ると、クラスメイトのマリコルヌがたそがれているようだ。 タバサはふらつきながら軒先に腰を下した。 「風邪ひくよ?」 「構わない。暑い」 飲みすぎか、お楽しみだな、とマリコルヌは呟いて手に握った鶏の唐揚げに食いつく。タバサは何だかおかしくなって小さく笑みを浮かべた。 「タバサも笑うんだね」 改めて言われたタバサは顔をそむける。マリコルヌは続けて言った。 「やっぱり人間見た目だよ。高貴だとか何とか以前に陛下はお美しいし」 再びマリコルヌは肉に食らいつく。その様子が何だかシルフィードに似ている気がして再び笑みを浮かべる。 「何だよ。僕の食べ方、そんなにおかしい?」 不機嫌な声を発したマリコルヌにタバサは冷静な声で返した。 「私の使い魔に似ている」 「僕、使い魔並みってこと?」 タバサが首を傾げると、マリコルヌは自嘲的に笑って言った。 「そういやサイトも使い魔か。もう負けてるね、見た目も全部」 言ってまた肉にかぶりつく。と、いきなりタバサが食べかけの肉を奪い取った。 「何すんだよ!」 「食べるから太る」 言ってマリコルヌの噛んだ場所に食いついた。一口噛みとった跡はマリコルヌの一口よりはるかに小さい。こくり、とタバサの細い喉を鶏肉が流れていく。マリコルヌがグラスを差し出すと、タバサは一息に呷ってふらふらと座り込んだ。 「飲みすぎた」 言ってタバサは眼鏡を外した。童顔の、だが肌理の細かい肌にマリコルヌは思わず見とれてしまう。ふと見上げた瞳と視線が重なってマリコルヌは息を飲んだ。ルイズやキュルケの情熱とはほど遠い、だが不思議な静寂を宿したタバサの瞳はおそろしく魅惑的だった。この幼げな同級生は、本当はどんな心根の持ち主なのだろうか。 と、突風が突き抜けた。タバサは目を開き氷の槍をマリコルヌの背に放つ。振り返ると男が一人落下していくのが見えた。タバサは苦しそうに呻いて雪の上に吐瀉する。 先ほどの男が立ち上がる。タバサは杖を振るおうとして取り落してしまう。男は投げナイフを次々と放る。マリコルヌはその全てを風魔法で吹き飛ばす。 「坊ちゃん甘い」 男が短剣を握って突貫した。タバサは杖を握って呪文を唱える。だが間に合わない! 「大丈夫」 マリコルヌはタバサの小さな体を包み込むように抱きしめる。刃がマリコルヌの肩口を貫き鮮血が流れ落ちていく。 タバサの呪文が完成した。遂に男は氷の槍で木々に打ち付けられた。どさり、とマリコルヌは雪の上に倒れこむ。白雪が赤く赤く溶けていく。タバサは珍しく慌てながら水魔法でマリコルヌの傷を塞いだ。完全に傷が塞がると、マリコルヌを助け起して呟くように言った。 「巻き込んで悪かった」 マリコルヌは溜息をついて答える。 「相手なしの男女パーティで、その上巻き込まれ刺客なんて最悪の日だよな」 と、ダンスの伴奏が一際高く会場から漏れてきた。双月が雪の中に佇む二人を蜜色の光で照らし出す。タバサはマリコルヌの手を取ると、キュルケすら見たことのない表情で言った。 「相手なら、今からいる……あなたと、踊りたい」 茫然とするマリコルヌの腹をぽんぽんと叩くと、タバサは首にぶら下がるように背伸びをしてマリコルヌの頬に口付けた。 24-527かわいい護衛(外伝)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5686.html
前ページ次ページお前の使い魔 わたしは、ヴェストリの広場で頭を抱えていた。 周りの生徒に聞いた、決闘にいたる過程はこうだ。 ギーシュが香水の瓶を落とし、それをダネットが拾い、ギーシュに渡した。 しかし、その香水をギーシュは受け取るのを拒否し、ダネットはギーシュが落としたと言い張った。 それを見た周りの男子が騒ぎ出し、その香水は、ギーシュと付き合っていたモンモランシーがギーシュに送ったのものだとわかった。 そこで済めば良かったのだけれど、このギーシュ、一年生の女子と二股を掛けていて、それをたまたま見ていたその一年生の女子が怒ってギーシュを張り倒す。 んで、今度はそれを見ていたモンモランシーが怒り狂ってギーシュを張り倒し、二股がバレた上に、二人の女子が傷ついたと言ってダネットにいちゃもんを付ける。 当然、ダネットは怒って反論し、あれよあれよという間に決闘に至ったと。 「どう考えてもギーシュが悪いじゃない……」 わたしの呟きに、騒ぎを聞きつけたらしいツェルプストーが、わたしの隣で頷いた後、心配そうに呟く。 「でも、ダネット大丈夫なの?止めなくていいのルイズ?」 「止めたわよ。でも、あんたもダネットの性格、少しは知ってんでしょ?」 「あー……なる程ね。」 わたしも、ついでにメイドのシエスタも必死に止めたのだが、ダネットの返事はこんな感じ。 「悪いのはあのキザ男です。私は悪くありません。」 確かに事情を聞いた今、そうだと思うし、その上でいちゃもんまで付けられたのだから怒るのもわかる。 わかるけれど……。 「相手はメイジだってのに…ああもう!ほんとダメットなんだから!!」 それが聞こえたのか、ダネットはギーシュからわたしに視線を移し、声高らかに宣言した。 「私はダメじゃありません!このキザ男なんてちょちょいのちょいです。乳でかやメードの女と一緒に見てなさい!!」 メイドとは恐らくシエスタの事だろう。 ちなみにシエスタはというと、後ろで目に涙を浮かべながらあうあう言って、右往左往していた。 自分がやらせた仕事の結果、こうなってしまったのだから無理も無い。 「あちゃー…今のでギーシュ、完全にキレたわよ。」 ツェルプストーが言って、頭を抱える。 今やギーシュの顔色は、ツェルプストーの赤髪のように新っ赤になり、頭の上に鍋でも乗せたら熱湯ができあがりそうなぐらい怒っていた。 ギ-シュはドットメイジだ。だからメイジとはいえ、強力な魔法は使えない。 だが『メイジ』なのだ。 亜人とはいえ、戦闘力で魔法の使えないダネットとは天と地の差があるだろう。 ダネットの身体能力は少し知っていたが、下手をすれば、それが中途半端にギーシュに本気を出させ、結果としてダネットは大怪我を負ってしまうかもしれない。 ならわたしはどうするべきか? 少しでもダネットの怪我が軽く、尚且つギーシュの気が晴れたかという所で止めるしかない。 そんな事をしたら、自分も無事ではすまないかもしれないけれど、ダネットの大怪我を見るぐらいならその方がマシだ。 「ツェルプス……いえ、キュルケ。危ないと思ったら止めるわ。その時は手を貸して。」 悔しいが、自分の実力では止められないかもしれない。 だから隣のツェ……キュルケに頼む。 ヴァリエール家の者が、ツェルプストー家の者に頼みごとをしたなんて、お母様に知られたら勘当ものね。なんて考える。 だけれど、今はそんな事言ってる場合じゃない。 プライドを優先させて使い魔を死なせました。なんて事になったら、わたしは一生後悔する。 第一、そんな事でダネットを失いたくない。 「…………わかったわ。タバサ、あんたも手伝ってくれる?」 この前から家の名前でのみ呼ばれていたのに、わざわざ名前を言いなおしたという事は、それだけ真剣なのだろうとキュルケは察してくれたらしく、真顔で頷くと、自分の隣にいつの間にかいた青髪の生徒、タバサに協力を求めた。 タバサは小さく頷き、肯定の意思を示す。 そうこうしてる内に、ギーシュが決闘の宣言をする。 「諸君!!決闘だ!!」 沸き立つ生徒。 そんな生徒の姿を見て、わたしは唇を噛み締める。 こんなのがわたしと同じ貴族? 亜人とはいえ、女を寄ってたかってリンチするのがメイジの姿? 納得できない。納得できるもんか。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 ギーシュが杖を振り、そこから現れた青銅のゴーレムを自分の前に出し、ダネットを小馬鹿にした顔で見ながら言う。 それを見たわたしは、しめたと思った。 ギーシュの魔法は、ゴーレムの同時数対召喚だったはず。 まだ一体ということは、ギーシュは本気を出していない。 恐らくはギーシュも、女相手に本気は出せないという事だろう。 これなら、酷い結果にはならないかもしれない。 そんな事をわたしが考えていると、ダネットはエメラルドグリーンに輝く二つの短剣を片手に一本ずつ持ち、器用にくるりと回した後に不敵に微笑んだ。 「文句なんてありません。」 それを聞いたギーシュは、少しの驚きや怯えも無いダネットを見て、少しだけ怯んだが、薔薇の造花を模した杖を口の高さまで上げ、尚も口上を続けようとする。 「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギー」 「やあっ!!やあっ!!」 ギーシュの口上を遮り、ダネットの気合いというには可愛い声が広場に響く。 ダネットはゴーレムに斬りかかり、澄んだ音がしたかと思った時には、タンという音を立ててくるくると回転しながら自分が立っていた場所に戻っていた。 斬りかかられたゴーレムを見てみると、胸のあたりがざっくりと十字に斬られ、緩慢な動作で地に崩れ落ちようとしていた。 「ちょっとルイズ…何よあれ……むちゃくちゃ強いじゃないあの子……」 キュルケの驚きが隠せない言葉が聞こえたが、驚いてるのはわたしもだ。 あいつ、あんなに強かったんだ。 わたしの脳裏に、召喚した後に言っていたダネットの言葉が蘇る。 『世界を破壊しようとした三体の巨人を倒した。』 今も信じてはいない。 信じてはいないけれど……でも、もしかしたら……。 呆気に取られたわたし達や、他の生徒が口を開けてぽかんと見ている中、まさかゴーレムをあっさり破壊されると思っていなかったギーシュは半狂乱になり叫んだ。 「わ、ワルキューレエエエっ!!」 杖を振り、薔薇の花弁を落として六体のゴーレムを繰り出し、ダネットと距離を取る。 マズい。本気だあのバカギーシュ。 視線でキュルケに合図し、キュルケも悟ったのか、タバサに目配せする。 そしてわたし達が決闘の場に飛び込もうとした時、ダネットは言った。 「ようやく本気を出しましたか。ならば私も手加減しません!!」 何ですと?まだ何かあるっていうの? もしかして、亜人特有みたいな変な魔法とか使えたりするんじゃないでしょうね。 ダネットは二本の短剣をくるくると回して握りなおした後、ギーシュに向かって短剣を突きつけ、その名前を口にした。 「迅速の刃をくらうがいいです!秘剣、くる鈴斬!!」 ヴェストリの広場が静寂に包まれる。 しっかり10秒ほど経過した後、どこからともなく笑い声が聞こえだした。 「……ぷっ!!くるりん?」 「駄目よキュルケ!笑っちゃ……プッ!!」 「み、ミス・ヴァリエール?し、真剣なんですから笑ってはいけないかと」 「…あんただって肩が震えてんじゃないのよシエスタ」 「凄いネーミングセンス」 「た、タバサ、勘弁してよ…ぶふっ!!」 最初、何で笑いが起きてるか理解できないという表情だったダネットは、ようやく技の名前が原因だと気付き、真っ赤になりながら反論しだした。 「ば、馬鹿にしないでください!!ええい!!お前達に目にモノ見せてやります!!いきますよキザ男!!」 駆け出したダネットの姿を見て、周りに釣られて笑いそうになっていたギーシュの顔が真剣になる。 わたし達も笑うのをやめ、その動きを見た。 いや、見えなかった。 ゴーレムとギーシュの中に飛び込んだのまでは確認できたのだが、その後に見えたのは、空高くに打ち上げられたギーシュの前にいたゴーレムの姿。 そして、打ち上げられたゴーレムの下に向かって、緑色の塊のように丸まったダネットが飛び込んでいく。 くるくると回りながら、遠心力で何度も何度もゴーレムを斬り裂き、一瞬でゴーレムだったものは青銅のガラクタとなってしまう。 回転は勢いを増し、もはや最初の形さえわからなくなってしまったゴーレムに向けて、「沈めてやります!」と叫んでゴーレムの身体をぶち抜いた。 いや、青銅だぞそれ。金属の中では柔らかいとはいえ、それなりに硬いんだぞ。 わたしが心の中でツッコミ入れた時には、粉々になったゴーレムがバラバラと地に落ち、同時にダネットもスタっと着地していた。 着地したダネットは、ゴーレムを破壊されて放心しているギーシュに向かって短刀を突きつけ言った。 「キザ男に喰らわせて首根っこへし折ってやるつもりでしたが、ちょっとだけしくじりました。なのでもう一回!!」 「あんたはギーシュを殺す気か!!」 こっそりダネットの後ろに回っていたわたしが、ダネットの頭に平手打ちを食らわせ、スパーンと心地よい音が広場にこだまする。 叩かれたダネットは涙目になりながらわたしを見て、真っ赤になりながら怒り出した。 「な、何をするんですかお前!!…ハッ!!もしやお前、このキザ男とグルだったのですか!!」 「違うわよ!!」 スパーンスパーンと立て続けに平手を食らわせる。 教室に入った時のようなやり取りをしていたわたし達を、ギーシュの言葉が遮る。 「ルイズ!!なぜ決闘の邪魔をした!!」 「いや、あんなの食らったら死ぬでしょあんた。」 わたしの反論に、「うっ……」と言って固まるギーシュ。 そして、俯いたまま、小さな声で呟くように言った。 「僕の……負けだ……」 こうして、ギーシュとダネットの決闘は、ギーシュの敗北宣言により幕を下ろした。……ら、良かったんだけれど。 「で?あんたあれを本気でギーシュに食らわせるつもりだったの?」 「当たり前です!首根っこへし折ってやるのです!!」 「短刀を抜くな!!しまいなさい!!ギーシュもいちいちビクビクしない!!」 「どうしてそのキザ男を庇うのですかお前!!やっぱりお前、そのキザ男とグルなんですね!!」 「違うって言ってるでしょうが!!この!!この!!」 「痛っ!!痛っ!!何をするのですかお前!!おのれ…こうなったらお前もくる鈴斬を受けなさい!!」 「上等よ!!あんたなんて爆破してやるわ!!このダメット!!」 「へーんだ!!お前のへなちょこ術なんて怖くありませーん!!」 「言ったわねえええ!!食らいなさい!!」 「きゃあ!!お前っ!!本気でやりましたね今!!」 「本気も本気。大本気よ!!今日という今日は、わたしがご主人様だって身体に染み込ませてやるわ!!」 「上等です!!泣いたって許してやりません!!」 「いくわよダメット!!!!」 「来なさいダメルイなんとか!!!!」 こうして起こりかけた、第二回ヴェストリの広場の決闘は、わたし達の後ろに回っていたキュルケのげんこつと、タバサの杖の一撃で幕を下ろしたのだった。 前ページ次ページお前の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8775.html
前ページ次ページデュープリズムゼロ 第十五話『ワルドのプロポーズ』 「止めて下さい!!死んでしまいます!!」 「痛い!!痛い!!」 「ありがとうございます。ありがとうございます!!」 すっかり日の暮れたラ・ロシェールへの街道沿いの崖の上に男達の悲痛な悲鳴と嬌声が響き渡る… 「ほら、ほらっ!だったら!素直に吐いて!!楽になりなさいよ!!何であたし達を襲ったのよ!?」 タバサ達と合流したミントは今先程捕らえた盗賊達を綺麗に横一列に並べ、自分達への襲撃について尋問を行っていた。 平手打ちにデュアルハーロウによる殴打、男の泣き所への容赦の無い蹴り… 既に何人かは泡を吹いて意識を手放していたり恍惚の表情でぼんやりとしていたりする。 「ハァ…ハァ…こいつら意外と口が堅いわね。」 ちょっと面白そうだからと言う理由でミントと同じく盗賊達を片っ端から平手でひっぱたいていたキュルケが盗賊の一人の顔をヒールで踏みながら顔を少し紅潮させ、舌で唇を艶やかになぞりながら呟いた… そう……この少女達はドSなのである。 「ん?あれは…」 そんな盗賊達への尋問を男として直視出来ず周囲の警戒を行っていたギーシュは上空に見覚えのある幻獣を発見した。 それは紛れも無く自分達を放って先を進んでいたワルドのグリフォンだった。 「………あんた達一体何してるの?」 崖の上に降り立ったルイズが周囲の様子を見回してミントに訪ねる…何故キュルケ達が居るのかというよりもこの盗賊達の死屍累々の光景が余りに意味不明だ。 ギーシュも何故か内股で怯える子犬の様に縮こまってしまっている様に感じるし… 何が行われていたのかは何となく察しが付く為、ルイズは若干引いていた…平行世界では嬉々として恋人に鞭を振るっていた癖にである。 「襲撃を受けたのよ。明らかに待ち伏せしてたみたいだから万が一もあるしちょっと尋問してたの。」 不機嫌そうなミントの言にワルドの表情が一瞬強張る…それはこの凄惨な光景から男として感じ取る部分があったというだけでは無い。 「ミント君、それは結構な事だが我々は先を急ぐ身だ。唯の物取りなど捨て置こう。そしてそちらの二名の淑女は誰なのかね?」 「あら、素敵なお髭の貴族様、ねぇ情熱はご存じかしら?」 「ツェルプストー!!ワルド様から離れなさい!!」 早速キュルケがワルドの腕に抱きつき、その豊満な胸を押し当てそのキュルケを引きはがそうとルイズがヒステリックに叫んでワルドの身体はガクガクと揺さぶられた。 「二人ともルイズとギーシュの友達よ、朝出て行く所見られてて付いて来たみたい。 信用は十分に出来るしあたし達の馬も逃げちゃったからラ・ロシェールって街まではこの子の使い魔に送って貰う事にするわ。」 ミントはそんなワルドに気を遣う様子も無く、そう簡単に説明して暗がりにも関わらず本のページをめくり続けるタバサを指さす。 「どうやらその様だな…仕方あるまい。さぁ、先を急ごう。それとミス・ツェルプストー婚約者の前なので誤解を招きたくは無い。済まないが離れて頂けるか…」 言いながらワルドはやんわりとキュルケの身体を自分から引きはがすと全員に出発を促した… 「オッケー…分かったわ。でもその前に…」 ミントは出発を促すワルドに肯定してどす黒いオーラを放ちながら再びゆっくりと盗賊達の前に仁王立ちする。 「最後のチャンス位はあげないとね。」 纏うオーラに反して猫なで声でそう言って笑うミント。それだけで盗賊達の表情はまさに恐怖に染まって引きつってしまう… 「ちょっ…待って!!本当に唯の物取りでぶべっ!!」 「も、もう勘弁してほしいっす!俺達はラ・ロシェールで雇われただけなんす!アルビオンの貴族派の仮面を付けた男…」 隣の同僚が失神し、遂にミントの尋問に耐えられなくなり本当の事を白状し始めた男、しかしその男は証言の途中で言葉を永遠に失う事になる… 「ひぃっ!!」 悲鳴をあげたのはその盗賊の仲間達、見れば証言を始めた男の喉は鋭利な刃物で深く切りつけられた様にパックリと裂けていた。 ミントの目の前で血しぶきを上げて痙攣しながらドサリと崩れ落ちた男の死体の向こうには感情のこもらない様な冷徹な目をしてレイピア状の杖を構えたワルド。 「危ない所だったね、その男ナイフか何かを使って縄を抜けていた様だ。最もらしい話で君の注意を引いて隙を狙っていたのだろう…本当に危なかったね。」 確かにワルドの言う通り男を拘束していた縄も改めて確認すると鋭利な刃物に切断されている様にほどけてしまっている。 まるで男の喉を掻き切った鋭い風の刃で切ったかの様に… 「……………………殺す必要は無かったんじゃないの?」 男の死体から目をそらし、ミントが不機嫌そうに言う… 「生かしておく理由もまた無いさ。彼等はどうせ縛り首になる。さて、後は憲兵の仕事だよ、そして僕たちは僕たちの仕事をしよう。……………それとミント君、あんなやり方じゃ引き出した情報も信憑性に欠けてしまう、尋問から抜ける為にありもしない話を作るかも知れない…何よりあのような尋問など女性のする事では無いな。」 そう最もらしい事を言って半ば苦笑い気味に微笑むとワルドはその場の全員に出発を促しルイズと共にグリフォンで飛び立った… ミントはそのワルドの背中を見つめ、先程の自分を説得して来た時と盗賊を殺害した時のワルドの目を思い返す… (誰かに似てる目ね…何か嫌な感じ…誰だったかしら?) 漠然とした記憶を手繰りながらワルドから感じた奇妙な感覚にミントはモヤモヤとしたもの感じながらも考えていても仕方ないと気持ちを切り替え、タバサ達と一緒にシルフィードの背中に乗り込んだ… 多少トラブルには見舞われたが予定どおりもうじきラ・ロシェールにたどり着けるだろう… ラ・ロシェールに辿り着いた一行は町の外の森にシルフィードを待機させ町一番の高級宿女神の杵邸のレストランにてルイズとワルドを除き食事と休息をとっていた。 因みにキュルケとタバサはついでとばかりに深く旅の目的は聞かずミント達に同行をしている。ミント達が無事この町を出るまでは観光でもしていくとはキュルケの談… 本来ならばルイズの婚約者であるワルドを誘惑してやろうと思っていたがキュルケはワルドにどこか酷く冷たい印象を受けてその興味をほぼ失っていたのだ。 「すまない、やはり船は明後日のスヴェルの夜までは出ないらしい。」 アルビオンへの船の手配にルイズと共に行っていたワルドがミント、ギーシュ、キュルケ、タバサの四人の元に戻って来るとお手上げだといった様子で肩をすくませる。 「迂闊だったわ…明後日がスヴェルの夜だったなんて…」 本来ならばこのままアルビオンへの定期船に乗って進みたかったのだが空を漂うアルビオン大陸がトリステインに最も近づくのはスヴェルの夜であり、基本的にその前後は燃料である風石の無駄になる為飛行船は出る事はまず無い。 「間抜けな話よね~…何の為にあたしとギーシュはあんなに急いで馬を走らせたのかしら。」 テーブルの上でへばるギーシュをちらりと見てミントはワルドに批難めいた視線を向けて嫌味をこぼす。 散々人を走らせておいた挙げ句の不手際の足止めである上、護衛の筈でありながら自分達が盗賊に襲われた時居なかった事も、その後の盗賊達への対応の事もあってはっきりいってミントはワルドに対しての評価を大幅に下方修正していた。 「それについては僕からはを謝罪するしか無い。本当に申し訳ないとは思う。さて、部屋の割り振りだが三部屋を確保できたからね。僕とギーシュ君、ルイズとミント君、キュルケ君とタバサ君の組み合わせになるが構わないかな?」 テーブルの上に鍵束を置いてワルドがその場の全員に尋ねると全員「OK」という素直な返事を返した。 「ただルイズ、君とは後で二人きりでゆっくりと大事な話をしたい。後で僕の部屋に来てくれ。」 「…わ…分かったわ。」 そう言って真剣な表情でワルドはルイズを見つめる。ルイズはその台詞と真剣な眼差しに顔を真っ赤に染め、小さく返事をしてただ頷くと俯いてしまった。 ワルドとしてはルイズと同室が望ましかったがルイズの使い魔であるミントは仮にも女の子であり一応VIPだ。ここでギーシュと相部屋で…等と言えば全員からかなりの批判を受けるのは自明の理である。それはワルドとしては避けたかった。 それ以前にそんな提案をしていたらミントの跳び蹴りが炸裂していただろうが… 「それで…大事な話って何、ワルド?」 ルイズは約束通り一人でワルドの部屋を訪ね、テーブルを挟んで向かい合う様にしてワルドと再会を祝した乾杯を交わしワイングラスを傾ける… 「君と僕のことさ…そして君の使い魔の事もね。」 意味深な表情でワルドは言ってルイズに微笑むとまるで子供におとぎ話でも聞かせるかの様な語り口調で話を始めた。 「君は始祖ブリミルの物語を知っているね?」 ルイズはえぇ。と答えて話の続きを促す。 「かつて始祖は四人の使い魔と共に東の砂漠へと聖地を目指して旅立った。そう、四匹では無く、四人のだ。 僕は君の使い魔が人であると噂で聞いた時、果たしてそんな事があり得るのかと興味を抱いてね、様々な資料を調べ直したんだ。そして今日君の使い魔のミント殿下を実際に見て確信を抱いた…」 ワルドは一層熱のこもった視線でルイズを見つめる。 「彼女のルーン…あれは間違いなくガンダールブのルーン、かつての始祖の使い魔の一角を担った伝説の存在だよ。 ルイズ、君は道中僕に自分は魔法が未だ成功しない落ちこぼれだと言ったね?僕が保証しようルイズ。 使い魔がメイジの格を示すなら君には素晴らしい才能が眠っているはずだ!きっと始祖ブリミルの様に歴史に名を残すだろう。」 熱く語るワルドの様子にルイズは正直困惑していた。悲しいかなコンプレックスの塊であるルイズがここまで他人に褒められ、ここまでの期待を掛けられた事は無いのだから。 「でも私は…」 ワルドはここで一度困惑した様子のルイズが落ち着くのを待って手を取って再び話を再開する。 「ルイズ、この任務が終わったら結婚しよう。」 「えっ?」 「忙しさにかまけてずっと君を放っていた僕だが君を想う気持ちはずっとあの頃のままだ。 僕はこのまま魔法衛士隊の隊長だけに治まるつもりは無い、いずれは国さえも動かす様な力を手に入れるつもりだ。」 ワルドは言ってルイズの身体を当然の様に抱き寄せ、唇を寄せた。だが顔を真っ赤にしたルイズはワルドの口づけを拒む様に身体を強張らせたままだった… 「あ、あの!ワルド様…結婚のお話嬉しいのですがあまりに急な話で私……それに私はミントを元の世界に戻すという約束も果たさなくては…」 やっとの思い出絞り出した様に慌てて早口にまくし立てたルイズにワルドは少し困った様な表情を浮かべるとルイズの腰に廻していた手を放した。 「ハハッ…急がないよ、僕は…」 そう言って優しくルイズに微笑むワルドは内心で歯がみした… ___女神の杵邸_修練場 ラ・ロシェールで一夜を過ごしたミントは翌朝朝一でワルドに呼び出されて女神の杵邸の中庭にある古い修練場に来ていた。 ワルドの用件はガンダールブとミントの魔法の力を実際に体験してみたいという事とアルビオンでの任務遂行の為の戦力の把握の為という名目での果たし合いだった。 そんな事は面倒くさいと普段のミントならば一蹴していただろうが思う所あってミントはワルドの誘いに乗る事とした。 既に一行は全員この場に居る。ルイズは話を聞いてこの場に来た時は何とかして果たし合いを止めようとしていたが当人達(主にワルド)に押し切られる形になっていた。 「無礼を承知で任務を確実に成功させる為、是非君の力を見せて欲しい。それじゃあ準備は良いかなミント君?」 ワルドは静かに風を切り裂く様にレイピア状の杖を抜き、ミントにその切っ先を向けると一分の隙も無い戦士の風格を纏った。 対してミントはワルドに向き直ると臆した様子も無くデュアルハーロウを構えるといつもの様に力む事無く構えをとる。 「いつでも良いわ。レッツバトルってね!」 その緊張感に思い出すのはあの年中金欠の赤毛の武器職人の戦士ロッド、思い起こせばカローナの街に居た時は随分と世話になった。(主に資金調達に。) 「…始め。」 立ち会いとしてその場に居たタバサの合図で二人の戦いは火ぶたを切って落とされる… 結果だけを言えばそう時間も掛からず決着は付いた。 ミントのバルカンを巧みなステップで回避し、一瞬の隙を突いたワルドの放ったエアハンマーの直撃を受けたミントが高く積まれた空箱等に叩き付けられ所で周囲が待ったを掛けたのだ。 「子爵、いくら何でも女の子のミントに対してやり過ぎですわ。大丈夫?しっかりしてミント?」 魔法が直撃し頭を打ったのかその場にフラフラと倒れ込んだミントを膝枕で支えるとキュルケがワルドを叱責する様に責め立てる。 「やり過ぎ…」 「子爵、僕も流石に味方内でこれはどうかと思います。」 そんなキュルケに便乗したのはタバサとギーシュ… そんなに強烈な魔法では無かった筈なのだがワルドは三人にミントを不当に傷付けた大人げない鬼畜貴族の烙印を押されてしまった。その為思わずたじろぎルイズへと助けを求める様に視線を送る。 「ミント!!大丈夫!?酷いわワルド!!」 だがルイズは目を回したミントに駆け寄るとワルドを批難する様な怒気を含んだ視線を向けていた… 「ち、違うんだルイズ、僕はただ…」 ワルド自身ミントに戦いを挑んだ理由は表向きな物とは別にルイズの気を引く為に使い魔よりも自分の方が強く、あてになると示したかったからである。 それが今回完全に裏目に出てしまった…フーケを容易く捕らえたと聞き及んでいたにも関わらず予想を遙かに超えるワンサイドゲーム、これでは弱い者苛めだ。 「子爵…ここは私達でミントを介抱致します。あなたは一旦ここをお離れになってはいかがですか?お互い冷静になるまで、その方がお互いの為ですわ。」 キュルケの冷たい口調の提案にワルドはミントの余りの手応えの無さに困惑しながら思わず唸る… 「分かった…済まない、ミント君が目を覚ましたら教えてくれ。」 だが今ここで空気を読まず、ルイズに自分の実力をアピール等してしまっては逆に嫌われるだけだろう。そこまで考えてワルドはミントの介抱をキュルケに頼むと足早に宿の外へと出て行った。 次いでルイズが宿の人間に水を用意させる為修練場からかけだしていく。 「行った?」 ここでついさっきまで意識を失っていたミントがなんの問題も無い様にぱっちりと目を開いて軽やかに飛び起きると髪を掻き上げてキュルケに訪ねる。 「行ったわよ。ていうか何でわざわざこんな芝居をうった訳?」 溜息混じりに答えたキュルケは特にミントが目覚めた事に疑問をもったりはしない。 何故ならばワルドから果たし合いの申し込みがあった後ミントはこの一連の流れを作る事を事前にキュルケ達にお願いしていたのだった。 「下手に勝ったりして王宮の人間なんて碌でもない奴らにあんまり目を付けられたくないのよ。それにしてもあいつ言うだけあって中々やるわね…」 ミントは悪巧みをする様に口元を歪めて言った。それは暗に本気ならば負ける通りは無いと言っている様でこの場に残った三人は思わず呆れてしまう。 「はぁ…全くワルド子爵には申し訳ない事をしてしまったね…」 (それによりにもよってあんな目をした奴に手の内見せる程あたしはお人好しじゃ無いのよ…) 昨夜ミントはルイズからワルドにプロポ-ズされたという話を聞きベッドの中でワルドに感じた既視感の様な物の正体を思い出していた。 ミントにはそもそもルイズなんかを望んで嫁に迎えよう等という考えが正気とは思えない。特殊な性癖でも無い限り必ず何か裏があるはずだ!! かつて東天王国の宮廷魔術師として三人の腹心を抱え国政から遺産管理、その他あらゆる面から妹マヤの側近として行動していた男がいた。名を『ドールマスター』 そう…ミントがワルドから時折感じ取れる冷たく嫌な印象はデュープリズムを自らの使命の為に復活させようと主君であるマヤを裏切った彼から感じた物に非常に酷似していたのだった。 前ページ次ページデュープリズムゼロ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8832.html
前ページ次ページぜろ☆すた ポケットきゃらくた~ず 「わ~……、ミス・ロングビルだけ大きくなってるよ~……」 元に戻ったロングビルを見上げ、キュルケは彼女を質問責めにする。 「何で何で~? どうやってやったんですか~?」 「え? え? あの……」 「本人に聞いてもわからないんだから、困らせないの……」 しどろもどろになったところでルイズから助け舟を出されたロングビルだったが、微笑ましげにテーブル上のルイズ達3人を眺め、 「……でもこうして見ると、私達こんなに小さくなっていたのですね」 するとこなたもロングビルの胸元をじっと見上げ、 「でもこうして見ると――本当にロングビルさん大きかったんだなあ~って……」 「どこ見て言ってるのよ!!」 こなたの視線の先にある物を察して、ロングビルは顔を赤らめ、ルイズは鋭くツッコミを入れた。 「う~ん、ミス・ロングビル1人だけ元に戻るなんて……」 「それもほんといきなりだったわよね……」 ロングビルを眺めつつ、改めて呟いたルイズ・キュルケ。 そんな2人の視界の端では、こなたがロングビルの服の袖にしがみついてよじ登っている。 「はい……。なので自分でもどういう事なのかさっぱり……」 「まあ、戻れたんだからよかったじゃん」 と、こなたはロングビルの赤面などおかまいなしで彼女の胸元に足から潜り込んでいた。 「あんたはどこに入って言ってるのよ……」 すると今まで沈黙していたギーシュ・カトレアも、 「でも、これで元に戻れる事はわかったな」 「そうだね。ちょっと安心したかも」 と揃って安堵の表情になる。 「よかった~、私達元に戻れるんだね~」 「そうね。でも肝心の方法がまだ……」 まだ楽観はできないという口調のルイズにこなたは気楽な態度で語るが、 「やー、もう1例出たわけだし、そんなに急がなくてもいいんじゃない? 私達もそのうち--っと……、お……」 そう言いつつロングビルの服の内部に滑り込んでいく。 「うおっ!? ぶふっ! うぐう!」 と悲鳴を上げながら上着の中を転がっていき、スカートの上に落下した。 「何してんのよ……」 ルイズからのツッコミを聞き流し、こなたは起き上がってロングビルに文句を言う。 「もうっ、駄目じゃん、ロングビルさん! ちゃんと寄せててくれなくちゃ!」 「す、すみません……」 思わず謝罪の言葉を口にしたロングビルがこなたを卓上に戻すのを、ルイズはどんなクレームだと言いたげな視線で見ていた。 「しかしロングビルさんの服の中を転がり落ちられるなんて、これぞ漢の浪漫てやつだあね♪」 「あんた女でしょうが……」 こなたのオヤジな思考にルイズが呆れたその時、 ――グウウウウ…… ルイズの腹の虫が盛大に鳴った。 「そ、そういえばごはんどうしようね?」 「……もうそんな時間……」 赤面したルイズにあえて話を振らずそんな会話を交わすカトレア・タバサを、 「あ、では……、皆さんうちへいらしてはどうでしょうか?」 ロングビルはそう一同共々誘ったのだった。 「まあ~、コナタさん可愛くなっちゃって~♪」 「ども、お褒めにあずかり」 「お人形さんみたいね~」 ロングビルの家に到着した早々、ティファニアはこなたを掌に乗せて満面の笑顔になった。 「……何か、テファって理解力ありすぎない……?」 「この姿見ても驚かなかったね……」 まったく動じた様子の無いティファニアの態度を少々訝しがるルイズ・キュルケだったが、ロングビルはにこやかに微笑むのみだった。 「ティファニアなら話しても問題無いと思いましたので……」 「小さいお姉さんも見たかったわ~」 そんな事を言う2人にギーシュは、 (何だかもう、小さくなった事を秘密にするって感じじゃないな) などと考えていた。 「では私、着替えてきますね。戻りましたら食事の準備をしますので……」 そう言って家の奥に入っていくロングビルを見送り、 「いいな~、私も着替えたいよ……」 「そうね。キュルケは服が汚れちゃったし、何とかしないとね」 と言ったキュルケに今度はティファニアがにこやかに微笑み、 「じゃあ、キュルケさんもお着替えする?」 「え? でも洋服が……」 「うふふ、あるじゃない、その姿にぴったりなサイズの服が♪」 ティファニアはキュルケを左腕と腹部の間に挟み込むようにして、 「じゃあ、キュルケちゃんはこっちへ~♪ みんなはお菓子でも食べててね~」 やはり家の奥へと入っていった。 「な、何でテファあんなにノリノリなんだろ……?」 その後、一同は菓子をつまみつつ雑談に興じていた。 「へ~、コナタあのフィギュア揃ったのか~。凄いな~」 「流石コナタだな♪」 「ふふ~ん、まあね♪ 私の愛の深さゆえの巡り合いだったね~」 「やっぱり僕は愛が足りなかったんだな……」 「そういうものなのか?」 そんな会話を交わしていたこなた達をよそにカトレアは棒状の焼き菓子を短く折って、 「はい、コナタちゃん」 とこなたに差し出した。 「ん?」 「食べやすくしといたよ♪」 「おー、ありがとう、カトちゃん」 薪程の大きさがある(ように思える)焼き菓子をカトレアから受け取って、それにかぶりつき始めるこなた。 「………!」 そこでこなたは、ルイズが焼き菓子の盛られた皿に背を向けカトレアの方を見つめている事に気付いた。 「あれ~? ルイズ、食べないの?」 「ダイエット中よ! 言わなかったっけ?」 声をかけてきたこなたに、ルイズはそう言ってそっぽを向いた。 「そんな事言ってダイエットばっかりしてると、元の大きさに戻れないよ~?」 「それとこれとは話が別でしょ!」 こなたの軽口にそう返答したルイズだったが、しばらくして思案の表情になり、 「……ねえ、コナタ?」 とこなたに声をかけた。 「あい?」 「何でミス・ロングビルは元に戻れたんだと思う?」 「ん~、そうだねえ。私が思うに――」 「思うに?」 ルイズの瞳に期待の色が濃くなる。……だが、 「やっぱりこの姿のままじゃ、サービスってやつができないからじゃないかな! ほら、ロングビルさんってそういう要素が満載じゃん?」 こなたの返答は普段通りの軽口同然のものだった。 「誰宛てに何をどうサービスするのよ……?」 「だから、るいずんもサービス精神旺盛なキャラになればいいんだよ。っていうか、そういうスペックにバージョンアップ!」 「は!?」 ルイズはこなたの瞳に宿った異様な光に危機感を覚えて後ずさりするが、 「GO! マルコメ!!」 こなたの声に、ルイズへ手を伸ばすマリコルヌ。 「のあっ!?」 抵抗らしい抵抗もできないうちにルイズはマリコルヌに摘み上げられ、制服の上着をたくし上げられる。 「ぎゃああ! やめなさいい!! やめっ!! あんたのそのオヤジ的思考は何とかならないのおお!!」 「――とは言ってみたものの、ルイズじゃそう簡単に萌えは付かないかもね~。ツンデレは重要だけど♪」 こなたが指を鳴らすとマリコルヌは手を放し、ルイズの体はテーブルの天板に落下した。 当然ながら天板に叩きつけられたルイズは恨みのこもった声で、 「あ、あんた達ねえ~……。ちょ……、ちょっとは……、オタクっていう以前に……、ものの程度を知りな……さいよ……」 衣服は乱れ、呼吸は荒くなり、顔は紅潮しているという状態で切れ切れにそう言葉を口にしたルイズ。 するとそれを見たギーシュ・こなた・マリコルヌは、 「い、意外と今キタんじゃないか?」 「ぬう、ひょっとしたら結構イケるんじゃ……?」 「あの悩ましい目ができるのは、かなりのやり手だと思うね」 とひとしきり話し終えた後、こなたはルイズに向き直って肩を竦める。 「でも何も起きなかったねえ」 「あのねえ……、あんたの言う需要に対しての供給みたいなのじゃなくて、ミス・ロングビルだけが元に戻った原因が知りたいの!」 するとそこへ、 「はーい、皆さん、見てくださ~い♪」 ティファニアが部屋に戻ってきた。 「じゃーん、お披露目で~す♪ お人形さんのドレスを着せてみました~♪」 ティファニアの掌の上には、可憐なドレスに身を包み照れくさそうに赤面しているキュルケの姿があった。 その可愛らしさに思わず見とれる5人。 『……お、おおおおおっ!!』 「流石キュルケ、似合うじゃん!!」 「キュルケ、可愛いよ!」 「萌えだな♪ 萌え萌えだな♪」 大きな歓声を上げたかと思うと、こなた達はティファニアを取り囲み口々にキュルケを称賛した。 「マルコメ、写メ!!」 「あいよっ♪」 とマリコルヌは遠話の手鏡を取り出し、ギーシュと共にキュルケを撮影し始める。 そんな3人の様子をルイズは、 (なぜかしら……。3人の頭上に逆三角形の建物が見えるわ……) などと考えつつ眺めていた。 2人が一通り撮影し終えるのを見届けて、ティファニアが意味ありげに笑みを浮かべる。 「あ、でもね、これで完成じゃないんですよ~」 「え?」 「うふふ~、こ・れ♪」 ティファニアが差し出したのは、レースの切れ端と言っていい大きさのベールだった。しかしそれでも小さなバラの花の装飾が施されている。 それをキュルケの頭部に被せるティファニア。 「はいっ♪」 言葉と共に披露されたドレス(完成形)を纏ったキュルケは、小さいながらも花嫁のようでさらに魅力が増した。 キュルケの姿を見たこなた達3人はしばらく彼女に視線を向けて硬直していたが、 『萌え!!』 と口を揃えて一声上げると、先程にも増して大きくどよめいた。 「テファ、凄いよ。こんなにキュルケの萌え度を上げるなんて!」 「あらそうですか? 嬉しいです♪」 こなた・ティファニアの会話を照れくさそうに聞いていたキュルケだったが、 「!?」 突然体に何かを感じて目を見開いた。 こなたも突然聞こえてきた物音に、音がした方向を振り向く。 時間は少々遡って、ロングビルの私室。 「んはっ」 部屋着から頭部と両腕を出して、眼鏡をかけるロングビル。 着替えを終えて脱衣所に向かい、洗濯物を籠に放り込んだところで手が止まる。 「……普段の何気無い行動でも、小さいと不便そのものですね……。ひょっとしたら当たり前の事を当たり前にできるのは、とても大切な事なのかもしれませんね」 そう呟いて籠に放り込む作業を再開する。 「皆さんも早く元に戻れるといいのですが……」 と口にした時、突然居間の方から大きな音が聞こえてきた。 「……な、何の音でしょう……」 慌てて居間へと戻り、扉を開ける。 「皆さん、どうかしたんで……す……か?」 そこまで言って、ロングビルは言葉を失った。 居間では、こなたが床に倒れたギーシュの胸の上に倒れ、ルイズもマリコルヌの腹の上で倒れ、キュルケは全裸・涙目でテーブルの上に座っていて(しかもなぜか元の大きさに戻っている)、カトレアはタバサに押し倒され、ティファニアはキュルケに上着を羽織らせようとしていた。 「……え、あの、これはどういう……? あ……、ミ、ミス・ツェルプシュトーが元に……。いったい何が……」 「それが……、キュルケさんが急に大きくなってしまって……」 困惑の笑みと共に、ティファニアはロングビルがいない間の事を語り始める。 吹き上がる白煙と共にキュルケが元の大きさに戻った瞬間、膨張した彼女の体に弾き飛ばされてこなた・ルイズの体は宙に舞った。 一直線に飛ぶこなたの進路にカトレアが立っている事に気付いたタバサは彼女を抱き寄せるが、その拍子に足を滑らせ、押し倒す形で2人は床に倒れ込む。 一方こなたは、カトレアの後方に立っていたギーシュの顎を直撃。ギーシュは大きくのけぞって床に倒れる。 そしてルイズも進行方向にいたマリコルヌの腹部に激突したものの、マリコルヌは何とか踏みとどまった。 「~っ!?」 キュルケも訳がわからず、言葉にならない混乱した叫びを上げる以外不可能だった。 「……という感じで、吹き飛ばされたお二人に皆さん巻き込まれてしまったのですよ……」 事の次第を聞いたロングビルは心配そうに、 「ええと……、見たところ皆さん無事なようですが……」 と一同を見回していたが、キュルケに視線を向ける。 「ミ、ミス・ツェルプシュトー……」 「う~、いきなり大きくなっちゃうから、服がビリビリよ~っ」 涙を流すキュルケの姿に、ロングビルはふと違和感を覚える。 「なぜミス・ツェルプシュトーだけ大きく……。服は……?」 「たぶん人形の服だからよ」 首を傾げたロングビルの疑問に、そう答えたのはルイズだった。 「ミス・ヴァリエール……」 「ほら、テーブルにあるキュルケのリボンが大きくなってるでしょ……。たぶん制服も元に戻ってるはずよ……」 テーブルに視線を向けると、確かにベールを被せるために外されていたキュルケのリボンも、元の大きさに戻っていた。 「ミス・ロングビルの時は制服を着たままだったから大丈夫だったけど、キュルケは別の服を着てたから体だけ大きくなったのよ」 「キュ……、キュルケ……」 丁度その時、仰向けに床に倒れ気絶していたギーシュの胸元で、こなたがそう声を出した。 まだ立ち上がる事も不可能なようで、這い寄るようにギーシュの胴体の上を進み、 「服が破けるなんて今時アイドルでもやらない、そんな王道シチュ……GJ」 そう言い残し、がくりと倒れ込んでしまった。 「ミ、ミス・コナタ!」 こなたが倒れた事に狼狽するロングビルを、ルイズは少々呆れが入った表情で眺めていたが、 「……! ……そ、そうか……」 ルイズはある事に気付いて声を上げる。 「みんな! わかったわよ! 2人が元に戻れた理由が!!」 前ページ次ページぜろ☆すた ポケットきゃらくた~ず
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/712.html
歌が聞こえる。おそらく洋楽だ。どうして、そしてどこから聞こえてくるのかはわからない。 というよりもここは何処だろうか?あたり一面真っ白でそれ以外何も見えない。いや、ぼんやりとだが人影が見える。 歌はその人影から聞こえているように感じる。 She keeps Moet and Chandon in her pretty cabinet Let them eat cake she says, just like Marie Antoinette A built in remedy for Khrushchev and Kennedy And anytime an invitation you can decline Caviar and cigarettes well versed in etiquette Extr ordinarily nice ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~...(~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (~~~~?) どうしてだろうか、サビが殆ど聞こえない。私の耳がおかしいのだろうか? To avoid complications, she never kept the same address In conversation, she spoke just like a baroness Met a man from China went down to Geisha Minah Then again incidentally if you re that way inclined Perfume came naturally from Paris (naturally) For cars she couldn t care less, fastidious and precis ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~~~?) いや、おかしくはない。他の部分は聞こえる。どうしてだかサビの部分だけが聞こえないんだ。 人影をよく見てみる。 Drop of a hat she s as willing as a playful as a pussy cat Then momentarily out of action, temporarily out of gas To absolutely drive you wild, wild She s out to get you ~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (~~~~~?) その人影の右腕だけはやけにはっきり見えた。その腕は…… 意識の浮上を感じる。それと同時に体が何らかの影響を受け揺れているのがわかる。何だ? そういえば疲れて眠ってたんだったな。それにしても頭がうまく働かない。目を開けるとそこにはミイラ男の顔が至近距離にあった。 「うおおっ!?」 頭が覚醒し一気に跳ね起きる。しかし目の前にはミイラ男の顔! 「イタッ!」 「グベッ!」 当然のようにぶつかってしまった。い、痛い……、頭が覚醒してても事態は飲み込めてなかったようだ。 頭を手で押さえながらミイラ男を見ると顔を押さえながらうずくまっている。 そうだ、このミイラ男はギーシュだ。すぐに意識が覚醒できないほど寝ていたのか。 「おいギーシュ。大丈夫か?」 とりあえず声をかけてみる。 「な、なんとか大丈夫……」 ギーシュが顔を押さえながら立ち上がる。さすがギャグキャラだ。結構な勢いでぶつかったというのに丈夫だな。 「その顔の布切れ取っといたほうがいいぞ。格好悪いし、いつまで着けてる気だ?」 まったく紛らわしい。 「きみは謝るということを知らないのかい?せっかく夕食だから起こしてあげたのにこんな目に合わされたぼくに謝ろうという気持ちはないのかい!?」 ギーシュが顔を押さえながら怒鳴る。 「しかもぼくのこのセンスにケチつけるなんてきみの美的センスはどうかしてるよ!」 声からして割と本気で怒っているようだ。いつの間にか手に杖も持っている。 「……すまなかった」 とりあえず謝っておく。もし謝らなかったら危険な目にあう、そんな感じがしたのだ。 というかセンスはお前の方がどうにかしてるぞ。 「わかればいいんだよ、わかればね」 かなり屈辱的だ! ギーシュと一緒に1階に下りルイズたちと合流する。テーブルには料理と何本かのワインビンがあった。 ギーシュやキュルケが率先してワインを飲み始める。どうやら明日アルビオンに渡るから大いに盛り上がろうということらしい。 こいつら自分たちの命の危険を考えたことがあるのだろうか?いつ敵に襲われるかわからないのに酒を飲むなんて何を考えているのだろうか。 キュルケから酒を勧められたが断り早々に料理を平らげ部屋に戻る。 ベッドの上に寝転がるが眠くならない。夕食を食べる前に寝ていたからな、仕方ないことだ。 ベッドから起き上がりベランダに出る。気分転換になるだろう。 空を見ると月が一つしかなかった。赤い月が見当たらない。何故だ? そういえば昨日ワルドが言っていたな。今日は二つの月が重なる夜だと、『スヴェル』の月夜だったか? 元々もとの世界ではこの景色が当たり前だったな、ここまで月が大きくはなかったが。 しかしこういう月を見ながら酒を飲むのはいいかもしれないな。もし命の危険がなければ飲んでいたかもしれない。 さて気分転換にもなったし部屋に戻るか。振り向いて部屋に戻ろうとすると突然自分の体が影に覆われる。何だ? 再び振り向くとそこには巨大な何かがあった。その何かが私への月明かりを遮っている。何だこれは!?さっきまでこんなもんはなかったぞ!? よく見ると何だか見覚えがある。……そうだ!ゴーレムだ! さらに観察するとゴーレムは岩で出来ているようだった。『土くれ』のフーケと戦ったときのゴーレムは土で出来ていたがどうやら岩でも作れるらしい。 ゴーレムの肩に何か乗っている、いや誰かが座っているようだ。髪の長い女だ。懐から銃を素早く取り出す。 「お久しぶギャゴッ!!??」 何か話しかけてきたがそれを無視し銃を撃つ。胸に2発、腹に2発、顔に1発。 ルーンで強化されたスピードと動体視力で撃ったんだ。反応できまい。それを示すかのように弾丸はすべて敵に当たり、ゴーレムの肩から落ちていった。 やっぱり銃はいい。こういった時に素晴らしい効果を発揮する。 敵を眼前にして防御してない馬鹿でよかった。っとそんなこと考えている場合じゃない。部屋に戻りデルフを掴む。後ろでゴーレムが崩れていく音がする。 敵はこれだけではない筈だ。はやく対応できる用意をしなければ!それにしてもさっきの敵どっかで見たことあったな、まあいい。 1階へ行ってルイズたちと合流したほうがよさそうだ。やれやれだクソッ! 1階に下りるとルイズたちも敵に襲われていた。敵はメイジではなく傭兵のようで矢で攻撃している。数も多い。 ルイズたちは床と一体化しているテーブルの足を折りそれを盾にして攻撃を防いでいた。 デルフを抜き姿勢を低く保ちながら素早くルイズたちの場所へ行く。とてもじゃないが1人で逃げ切れるような人数ではない。 もしかしたら2階の方が安全だったんじゃないか?ドジこいた!クソッ!2階から一人で逃げればよかった!
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/304.html
前へ / トップへ / 次へ その日、バビル2世たちはシエスタの実家に泊まることになった。村でも有数の長老であるショウタロウの一声で、一族郎党が 集結した上、貴族の客をお泊めするというので村長までが挨拶に来る騒ぎになった。 バビルたちはシエスタの家族に紹介された。ショウタロウはビッグ・ファイアなる名前を聞いて怪訝そうな顔をしたが、 「魔法使いのいる世界なので本名は隠してるんです」 と事情を説明し、山野浩一と名乗ると納得してくれた。 ショウタロウは上機嫌そのものであった。なにしろ数十年ぶりにあった同胞―――もはや二度と会うことはないだろうと思っていた 人間がついに目の前に現れたからだ。 戦後の政治から、風俗、外交、軍事と話題は枚挙に暇がなかった。もしバビル2世がバベルの塔でコンピューターに教えを受けて いなければ、半分も答えることはできなかったろう。 「ほう、今は平成と元号が変わっているのか。」 そしてしみじみと、 「陛下はお隠れになったのだなぁ」 と呟いた。そして無理もない、あれから60年近くたっているのだから、と呟いた。 「ふむ。それではソビエトはけっきょく倒れたのかね?」 「弟の金田正太郎について何か知っていないかい?ふーむ、あの後無事だったのは知っているが、それからどうなったかは知らない、 か。」 「力道山が死んだ?刺されて?」 「GDP?国民総生産が世界1位、2位か。なるほど。」 「そうか、国民党が負けたか。」 「たなかかくえい?ふーむ。若手議員のリーダーとして、新聞に名前が載っていたような記憶はあるよ。」 「ほう、アジアはようやく独立したのか。ぼくの友人には馬賊の頭目になったのがいてね…」 「ベトナムとアメリカが戦争を?アメリカが負けた。ふーむ、やはりゲリラ戦しか方法はないのか。」 「廃墟弾事件か。そんな風に名前が残っているんだね。」 「日本人が大リーグに?職業野球が再開されていたが、見に行く機会はなかったからなぁ。」 「エネルギー危機、資源枯渇か…。錬金ができるこの世界を日本が知っていれば、あの戦争は起こるまいと思っていたが……。 未だに必要らしいね。」 延々とバビル2世からもとの世界の情報を仕入れようとするショウタロウ。まるで60年の空白を埋めるように。 その途中、ふと気づいたかのように「それで、今は皇紀…いや西暦何年だい?」と尋ねてきた。 答えると。「ふむ、それはおかしいな。数え間違いかな?」と首を捻っていた。 出された料理、ヨシェナベにもほとんどバビル2世は箸をつける暇がなかった。 「ヨシェナベなどと言ってるが、つまりは寄せ鍋さ。」 と言ってショウタロウは笑った。 「本当はすき焼きを作りたかったんだが、醤油と砂糖がね。」 砂糖は高価だし、現物があれば錬金もできるんだろうが大豆と麹菌が手に入らなくてね、とぼやいた。 「ねえ、ビッグ・ファイア。スキヤキってなに?」 とルイズが聞いてきた。 「牛や豚の肉を、野菜なんかといっしょに料理する、あまじょっぱい味のヨシェナベさ」 と説明すると、シエスタの家族は「ああ、どおりで大豆はないか大豆はないかって探していたのか。」と納得していた。 「大豆って何?」 と聞いてくるルイズたちに、豆の形状を説明するとキュルケが、 「あら、それならひょっとしたら手に入るかもしれないわ」 と言い出し、ショウタロウは飛びついた。この老人は、この年齢になって醤油の鋳造を始める気満々だ。 「スキヤキができたら、ぜひご馳走しよう。」 と嬉しそうに笑う姿が印象的であった。 翌日昼まで宴会は続いた。 夕方、もう出発しなければいけないという5人に、ショウタロウは奇妙な箱を見せてくれた。 大事に桐の箱に入れられ、固定化の魔法をかけらたそれは、鉄でできて金属の棒が2本延びている。 「これは…」 「リモコンだよ。鉄人28号の。」 ショウタロウはこのリモコンを、バビル2世に渡す腹積もりであった。 どうせ老い先短い命なら、同胞に鉄人を役立てて欲しい、と。 もともと飛行機は不時着し、懸命に直したもののガソリンはなくなって飛びたてなくなった。鉄人こそ無事だが、帰り道を見つける保証 はない。ならばここに来たのも天命と、諦めていた。だが、同胞がいるならば――― 「元の世界に帰るのに、是非役立てて欲しいんだ。」 草原が日の光できらきらと輝きながら、風で波打っている。まるで緑の大海原である。 老人は草原を手で示した。 「それに、わしはここに家族がいれば、畑仕事もある。それに帰ってももう母も父もいない。正太郎に会えない事だけが、唯一の気が かりだが、もうお互い寿命だ。しかたがない。だが、もし生きて君が帰ることができたなら―――」 と手紙を渡された。 「これを正太郎か、家族に渡して欲しいんだ。」 そして空を見上げた。空には、薄ぼんやりと二つの月が浮かんでいる。白昼の残月であった。 かつて廃墟弾の爆発で、乗っていたゼロ戦と操っていた鉄人もろともこの世界に飛ばされた男は、その空の残月を指差した。 「もはやわしは元の世界ではあの残月のように薄ぼんやりとして、掻き消えそうな存在となっているだろう。ならばいっそのこと、 本当にわしのかつての二つ名、白昼の残月となるのも一興ではないか。そう思うんだ。」 そして改めて、リモコンを渡そうとする。 「どうだ、受け取ってくれ。」 バビル2世が、さすがに受け取りづらくどうしたものかと思案していると、 「待って、ひいおじいちゃん!」 とそれを制した声があった。 シエスタであった。 「ひいおじいちゃん、わたしに、鉄の巨人の使い方を教えて!」 いったい何を言い出すんだ、この女と皆がギョッとしていると。 「おじいちゃんが本当に空を飛んできたなんて、わたし信じてなかった。でも、ファイアさんも同じ国から来たって言うし、本当だった んだって思った。信じてない自分が恥ずかしかった。血のつながった、ひ孫なのに……。」 拳をぎゅっと握り締めるシエスタ。 「わたしはひいおじいちゃんと同じ国から来たファイアさんと会ったのも、なにかの運命だと思う。なら、ファイアさんが国に帰るときに、 お手伝いをしてあげたい。鉄の巨人で、帰る手伝いをしたい!」 心の奥にどす黒いものが潜んでいそうなので、バビル2世は心を読むのをやめた。なんだか怖かったのだ。 だが、シエスタの一族は皆うんうんと頷いている。涙まで浮かべている。 「シエスタ、わかった。わかったよ、シエスタ。」 ショウタロウがシエスタを抱きしめる。 「浩一君。いや、ビッグ・ファイア君。すまないが、リモコンはこの子にあげることになった。前言を翻して済まない。」 代わりに、と言っては何だがとゼロ戦と鉄人の修理に使っていたものだと包みを渡された。中を見た。……まあ、なにかの役に立つ かもしれない。リモコンを返す。シエスタの目が怪しく輝いた。 バビル2世は予知能力が「危険だ」と告げたのを感じていた。 だから、というわけではないが急いでシルフィードに乗り、ワルドと落ち合う場所を目指すことにした。 場所はラ・ロシェール一の宿屋、『女神の杵』亭。 「やあ、待っていたよ。」 宿に着くと一階の酒場でワルドが出迎えた。部屋を取っておいたから、休んでくればいい。と鍵を渡してくる。 キュルケとタバサが同部屋。バビル2世とギーシュが相部屋。そして、ワルドとルイズが同部屋であった。 「……ロリコン」 タバサがぼそっと呟く。トリステインでも有数強さを誇る貴族が激しいダメージを受けていた。 「ろ、ろり…ロリコ……」 床に倒れこんだワルドが、なんとか立ち上がる。 「そうじゃない、ルイズは婚約者だ。別におかしくないだろう!?」 真っ赤になって否定するワルド。逆に怪しく見えるから不思議だ。 「それに、ルイズに大事な話が…」 「ロリコンを受け入れてくれるかという告白かしら?」 「やめておいたほうがいいと思うよ。」 「……このロリコンどもめ」 ベアード様!ベアード様じゃないですか! 息も絶え絶えに、ロリコンが立ち上がった。先ほどまでの威厳はすっかりさっぱり消え去っている。 「こ、こうなったら……ビッグ・ファイア君、決闘だ!」 「……。」 「ワルド子爵、強引過ぎます」 さすがにギーシュまでがあきれ果てていた。 「いや、強引じゃない。つまり、だ、ここで部屋を賭けて2人で決闘しようと言っているのだ。使い魔のきみなら一緒の部屋で寝ても 構わない。わたしは別にルイズと一緒に寝ることにこだわっていないという証拠になる。違うか!?」 「……両刀」 タバサの追撃に腰から砕け落ちたワルド。もはや立ち上がる気力もなさそうだ。 ギーシュが怯えたように尻を押さえている。ルイズは……なぜか頬を染めていた。 「ち、違う。うぐ、ひっく、ひっく……」 とうとう泣き出してしまった。 「わかりました。決闘を引き受けましょう。」 さすがに同情したバビル2世が決闘をひきうけた。すると、あっというまに機嫌をワルドは取り戻し、 「ひきうけてくれるのか。ありがとう!感謝するよ。別に僕は両刀じゃない。だからそれも晴らしたい。」 しかしギーシュは怯えたままであった。 ぞろぞろとロリコンの後をついていくと、案内されたのはかつての閲兵場後だ。 当時の名残を示すものはほとんど残らず、ほぼ物置同然になっている。 バビル2世はデルフリンガーを無理矢理たたき起こして引き抜き、構えている。 ロリコンは杖を構えている。 「わ、ワルド子爵。くれぐれも手加減をしてください。」 ギーシュが慌てて言う。いくらビッグ・ファイアが強くても、さすがに魔法衛士に叶うはずがない。 まあでも、さすがに本気は出さないだろうとは思っているが。 ロリコンの杖はフェンシングの剣のように細身である。 ひゅっ、と風を切り裂き杖を振るってくる。 受け止め、流す。 飛び退き間合いを取る。 速い。剣の腕はジャキ並み。速度はそれ以上だ。 もっともジャキは不死身の肉体を前提とした相打ち戦法を得意としていたため、速度を必要としていなかったのだろうが、それでも 速い! 「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱える訳じゃあない! 詠唱さえ戦いに特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作。 杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 「つまりこの動きのまま魔法を使ってくるということか。」 ああ、と頷くロリコン。どうしたこのまま防戦一方かい、と連続攻撃を仕掛けてくる。 「ふむ。ならば。」 と、置かれた荷物のほうに跳びこんだ。 そしてデルフリンガーを、一番下においてある樽につきたて、破壊した。 「なに!?」 走りながら一番下のみを連続で破壊していく。バランスを崩した荷物が、ロリコンめがけて倒れこんでくる。 しかし、すばやくロリコンは詠唱を行った。 「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」 「相棒!いけねえ!魔法が来るぜ!」 バビル2世の前方の空気が歪んだ。 ボンッ!と空気が撥ね、巨大な空気のハンマーが樽ごとバビル2世を吹き飛ばす。 くるくるとネコのように回転しながら着地するバビル2世。 「ふむ。」とバラバラになった樽を見渡す。 「どうやら、ぼくの負けらしいな。」 「いや、引き分けだ。」ロリコンが答える。 「今、君が投げたこの金属製の…リベットかい?これは見事に僕の顔横10cmを通過していた。おそらく当てることができたのを、 わざと当てなかったんだろう。」 後ろの壁を杖で指す。壁に、リベットがめり込んでいた。 「さて、これでは部屋割りが決まらないな。」とロリコン。 「なら、最初の通り、ぼくとギーシュが同部屋、ルイズとロリコンが部屋割りでいいんじゃないかな?」とバビル2世。 「ええ、ロリコン子爵ならよもやヴァリエールと間違いはしないでしょう」とギーシュ。 「よかったわね、ルイズ。あなたがストライクゾーンの許婚で。」とキュルケ。 「わ、ワルド様……」なんというかうれしいのかそうでないのか微妙な表情のルイズ。 「犯罪…」とタバサ。 「きゅるきゅるー」いつの間にかシルフィード。 「がおおーん」グリフォン。 「……結局ロリコンで固定か。」 使い魔にまでロリコン認定されてへこむのだった。 前へ / トップへ / 次へ